記事2007/07/13 23:28

来週本番の2本立ての公演、
ヴァイオリンの譜面作りに追われるここ数日。
しかし半徹夜も続け、ようやく完成する。
このような小さな公演のアレンジは、外注できません。
昔から自分でやっています。ピアノの譜面編曲から、
単旋律の独唱を重唱に編曲したり、オケを3重奏に、
はたまた数曲をくっ付けてメドレーにしたりと、
必要なものは譜面に興すことが出来ないと務まりません。
こんな事も広義においては音楽監督の仕事だったり。
ま、訳詞や台詞作り、何をやっても、
舞台芸術の為の訓練に、無駄なものは1つも無いと、
嫌わなかった陰、、、いや、せいで、何でも回って来ます。
しかし小品とはいえ、全部で17曲もあると、
結構骨折れました。

こんな事やりながらも、頑張れるのは、
学者の方々の興味津々とした目の奥を見たり、
公演日のお客さんの満足そうな顔が見たいから。
来ていただいた方に楽しんでいただく事が大事です。

今日の朝日夕刊文化欄に記事で載せてくれました。
2本立てですが、<Artist Life>の特集の様でした。
<Artist Life>は、1921年の初演の頃以来の上演。
日本人作曲家によるオペラ作品のさきがけである、
相変わらず、佐々紅華に対する興味は尽きません。
紅華は、コロンビアレコードのデザイナーのであった。
音楽関係者と関係が深くなるうちに、才能を伸ばし、
次第に浅草でのオペラ実験活動の中心人物になり、
数々のヒット曲を飛ばしていくのです。
ただ、明治時代後期までは、日本の西洋音楽は、
海外のメロディーに日本語を当てなおして、
西洋式7音階を自分達の身近な旋律にしたもので、
大正期の浅草での流行音楽も似たり寄ったりだった。
この傾向もあり、酷い訳詞や、
オペラ風の断片的なものを繋ぎ合わせたもので、
「オペラ」を楽しんでいた。
概念がないのだから、楽しければよいわけで、
興行の為、浅草では娯楽性が高まったのです。
しかし、紅華はそれには満足せず、
志を貫こうとする中心人物と、新天地、
奈良県の生駒山山頂に生駒山歌劇団を成立させる。

記者の取材に私も答え、紙面に掲載されていますが、
紅華が全身全霊を注いで創り上げた喜劇は、
全くのオリジナルであり、85年前とは信じられず、
素晴らしい才能が譜面から溢れているのです。
現在でしたら、情報もあり、教材もあり、
どんな真似だってできる時代、海外に行けば、
数時間後には本物が見られ、それらしい事は、
誰にでもできるような気さえしてくるものです。
しかしデザイナー出身の作詞家、台本作者が、
どうしてここまでの音楽を書けたのか、
不思議でならないのです。
国の代表の様に海外に出て研鑽を繰り返し、
日本人初のオペラ作品として山田耕筰さんが、
書き上げたのは、紅華の<Artist Life>の数年前。
やはり謎である・・・。
佐々紅華は、山田耕筰が着ぐるみを着た名前かと、
大胆な想像をしてしまうくらい、やはり不思議。

いろいろな譜面を取り寄せ、
音楽を勉強したらしいのですが、それでも謎、謎、謎。
やはり興味は尽きぬ・・・。
朝日新聞、良いのですが、2本立てのもう1本、
<Cox&Box>の話題は1行もなし。
これを楽しみにしている方も大勢居るのに。
これはこれで、1870年の日本でのオペラ上演の第1作。
それ以来、こんなにまともな形で上演するのは、
私達が始めて。実に137年ぶりなのです・・。
2本立て、興味ある作品のファンが双方に別れ、
作品の良し悪し巡って大喧嘩にでもなると、
最高に楽しいはずです。
大正時の浅草でも、贔屓の歌手を巡って、
声援と野次で大喧嘩に発展していたらしく、
その位、観る方も本気になってもらいたいです!

そうそう忘れてはいけないもう少し。

今朝の日本経済新聞東京欄には、
「音楽の街-狛江」の始動という記事がある。
まだ実行に移せるか解らないことまで多少書いてあり、
私の名前も委員長で載っているのだから、
これは逃げられないという事だな・・。
記事はありがたいが、頑張らないといけない。
叱咤激励と考え、先に進もうぞ!いざゆかん!
カウンター