ハナニラ2017/04/15 23:37

気がついたら春でして。

花粉症を恨みながら更新も滞り、
しかしながら桜も終わりかけ。

ハナニラでも載せましょう。

これは家の庭のハナニラ。
1950年代の古いレンズで
マニュアルにて撮影しました。
1週間ほど前かな。

そしてこちら。

実家の庭です。
咲き乱れていますね。
ニラですが、これは食べられないニラ種。
食べられたら面白いでしょうが、
無理のようです。

うかつに食べると死んでしまう
ニラのように見えて
スイセンなんて食べると毒にあたります。
食中毒起こすらしい・・・

ま、怖い話は良しとして。

奇跡的RIMOWAとの再会2017/04/14 23:07

誰もが認めてくれる
RIMOWA狂です。

どんな風にといえば・・・

こんな感じですが、
実はこれはほんの一部で、、
多分現在はこの3倍ほど数があります。

そんなRIMOWAの説明は割愛しますので
日本の総輸入代理店の林五さんのHPを
ご覧ください。
http://www.hayashigo.co.jp/rimowa/

数多くあるのは意味がありまして、
用途がそれぞれ違うのです。

毎日使い、書類用、旅行用・・
それぞれ行き先で内容量に違いがあり、
大から小様々あるのです。
且つ、RIMOWAの良いところは、
専門軽く密閉された容器ですので、
カメラや精密機械用など様々・・
もちろん特大大中小極小と
数は増えたわけです。

そうはいっても便利な箱はあるもので
使用頻度が高くなるものは決まっています。

そんな私がRIMOWAに最初に出会ったのは
ドイツに住んでいる頃。
もう27年も前になりますか・・(遠目)
そこで出会った箱が、カメラ用でしたが、
あまりに使いやすく便利で、
日本に帰って来てもずっと使っていたのです。

↑の写真では上から3番目です。

しかしながら、このRIMOWAは
大事にしながらも20年前に
自分で車で挽いてしまいました・・・。
四駆に乗っていたので、乗り上げて、
とんでもない凹み方をしました。

なにせ気に入っていたので放すのは悔しく、
屋上で3時間叩き続けてなんとか直して、
その後もず〜っと使った。

でも車の重さの衝撃はひどく、
精密に蓋が閉まることもなく、
鍵に至っては正常に閉まらなくなった。

でも気に入ってずっと使っていたのです。

この気に入っていた↑から3番目。
実は特殊なサイズで、売っていない。
当時はあったのでしょうが、
その後は一切見なくなったサイズで、
購入が不可能となってしまったのです。

そして、Yahooオークション。

このトランクと同じものが出品されるのを
ず〜〜〜〜〜っと待っていました。
20年間毎日、オークションサイトを見つめ、
なんとか出品を待ったのです。

でもない・・
出品が一切ないのです。
昨今のRIMOWAブームでもなかった。

で、ついに見つけた!!
そして落札!!!!

なんて嬉しかったことか。
20年間探しながら、
気持ちを紛らわすために(明らかな言い訳)
他のサイズも増えて、
ジュラルミン御殿のような部屋でも、
やはり欲しいのはこの一点でした。

さて紹介。
開いてみると同サイズが判ります。
内装は取り外し可能なので、
基本的なサイズは一緒!

↑から見ても一緒が判りますが、
古い手前のは修理の後が有り有り。

左は歪んでいますが、
3時間でよくここまで戻したと思っています。

ほら、ジュラルミンが切れていますね。
挽いた時に切れてしまった場所も
なんとか叩いて叩いてここまで戻ったのです。

これでもわかり易いかな?
手前ジュラルミンが切れていますね。

・・・もういい?しつこい?
もう少しです。

そしてよく見ると鍵が違うのです。

この右側ももちろん中古ですが、
しかしながら、ほぼ新品!
すこし時代が違いますが、
右のはどうやら鍵の形状から
数年後にできた改良型ですね。

しかし奇跡です。
20年探し続けて、もう出ることはないと諦め、
涙を流しサイトをスクロールする毎日でした。

ジュラルミンの話題なんて、
もうすることないと思いましたが、
本当に嬉しかった出物です。
大事にドンドン使っていきます。
もちろん古いのも大事にしていきます。

長い話題だ・・・
大変しつれいしました。



野球と花粉2017/03/25 23:48

このところ、
週末に少し時間ができて、
野球をやる機会がもてます。

音楽関係者は土日が仕事が多く、
草野球の土日と重なることも多いのです。
でもダメダメな私を置いてけぼりにせず
置いてくださるチームに感謝しております。

野球は外でやるもので、、
辛いのは花粉。

なにせ春といえば=辛い
春と書いて黄色い字の花粉と読めるし、
春と聞くとクシャミが出ます。

いやいやそんなことは言っていられ無い。
日常を変えずに
花粉と戦うのが私のスタイル。

負けずに頑張ります。

お彼岸の務め2017/03/20 21:17

お彼岸の中日に御墓参りができるのは
なんだが気持ちがスッキリなのです。
上野駅から徒歩圏内の代々のお墓。
子供の頃より慣れた道のりですが、
春のお彼岸の頃はこのモクレンが美しく
見上げながら、
年々大きく、、いや巨大化する鯉と共に
愛でるのが楽しみなのです。


大事ですね御先祖様は。
近いお陰で何かにつけて一人でも
参りますが、手を合わせて心が晴れます。


そびえ建つスカイツリーを見上げて、
近所のあるお墓を探索。
ウチのお墓から徒歩1分のお寺も廻ります。

伊能忠敬のお墓。
由緒正しいお寺ですね。
このお墓で200年は前なのですから、
立派なものです。

地図好きな私としては
尊敬できる彼の功績に手を合わせます。
源空時と言いますが、お寺がまず立派。
https://ja.wikipedia.org/wiki/源空寺_(台東区)
歴史が載っています。

さてせっかくなので実家に寄り、
庭の梅を愛でまして両親に報告。

たわいも無いのが良いところ。
お彼岸とは日常の我々ではなく、
向こうの方々が主役ですね。

良い日です。
花粉さえないなら・・・
痒っ!

1989年の家2017/03/19 21:00

もう28年も前になるという事を
新ためて感じるわけですが、
1989年にBerlinに住み始めたときに
住んでいた家の入り口・・・

Berlinに行かれた方が、
このOtto-Suhr Alleeの
私の住所139番を覚えていて
写真を撮ってくださった。

ありがたい奇特な方ですが、
予想通り、変わっていない。

でもよく見ると・・・

入り口のとは古かったエンジ色の木だったが
どうやらアルミに変わっています。
また一階はSiemenns を中心にした
電気屋でしたが、
なんだかSport Barになっています。

反対側はImbis。
軽食屋というか、ファストフードですが、
これは変わっていない。

あの頃はインターネットもメールも
何もない時代でしたので、
1つの事調べるのにエライ大変でした。
バブルの日本から来る有象無象・・・
(失礼だが当たっている)のお客さんのために
バスガイドやっていた私は、
全ての場所の歴史など調べて行ったのですが、
マイナーな場所など調べ用もなかった。

でも今はすごいですね・・・

因みにこの通りOtto-Suhr Allee
の事をググって見ました。
https://de.wikipedia.org/wiki/Otto-Suhr-Allee
凄いねWikipedia。

Schloss Charlottenburg の斜め前に
建物がありました。
素晴らしい立地と景観、
今でも貸してくれた友人に深く感謝。
そんな歴史も全て載っていました。

そうなんだ、今年はこの通りができて
60周年なのか!!
思いもかけず嬉しい気持ちになりました。

なんでも知ると、
嬉しいものですねぇ、

学生時の録音2017/03/13 22:47

その昔は録音する事自体が
一大イベントでしたし、
録音したものも大変大切なものでした。

今では簡単に録音をしてしまえるし、
録音器どころか、
携帯電話についているオプションのような
無料アプリで録音しても、
イベントの頃からは考えられない音色で
手軽に記録を残せますね。

私が大学生の時もまだそうでした。
聴くだけのウォークマンから、
ようやく良い音を録音する事が可能な
ポータブルが出てきました。

カセットテープの話ですよ・・・

そして一方では、
高音質で録音可能な高級機もあり、
オーディオファンは、
カセットデッキのマシン性能と、
選択するテープのランクで、
音質の違いに一喜一憂したものです。

でもあれですね・・・

その頃は再生の綺麗な音というより、
音楽が貴重で残したいという思いから、
聴くという事に集中した時代でもありますね。

そんな学生時代の録音の話です。

芸大時のトロンボーンアンサンブルの
演奏会の録音ですが、
練習を積んで学外で演奏会を催した時の
貴重でありまた反省もたくさん聞かれる
代物でもあるわけです。

この時は私は2年生でしたが、
今は亡き芸大の先生に新曲を依頼して、
演奏会で初演するという素晴らしい機会を得て
今では信じがたい事を進めていたのです。

そして今回、その録音をまとめて、
先生の作品集としてデジタル化を
考えている方がいらっしゃいます。

邦人作曲はたくさんおりますが、
初演されても再演の機会がなく、
埋もれてしまう作品もたくさんあり、
また亡くなってしまうと、
その作品の依頼経緯や譜面自体も紛失という
憂き目を見る事さえもあるのです。

そのような状態から掘り起こして、
録り直したりもう一度マスタリングしたりと
手間をかけながら貴重な作品を音で残しているのです。

私は今回のことで最近知り合いましたが、
当時の芸大の録音をすぐに送ってくれたのです。

32年も前の事でありながら、
作品と演奏に価値を感じてくれる方がいるのが
とても嬉しい事です。
演奏家では面倒でできない事を
許諾をとりながらやる事はたいへん。

ありがたい事ですし、
そのプロジェクトが進むように、
私も協力を惜しまない約束をしました。

で、聴いたのです・・・

演奏力が若くて若くて、
今の若者たちの実力に比べると、
確かに赤面の演奏でもあります。
しかしながら、
当時の自分の事も音で思い出し、
憧れたり参考にしたりした諸先輩の音、
また芸大ならではのコミュニティも
その15分には十分詰まっていました。

この録音が世にでるのはまだ先でしょうが、
きっと懐かしく楽しまれる方も多いとおもいます。

花粉まみれ2017/03/12 23:53

毎年この時期に同じ話題で申し訳ない・・・
ですが、花粉です。

花粉の話を通り超えて
日常を語れない時期なので
やはり花粉症の話を避けては通れないですね。

春は待ち遠しく、
ポカポカ陽気に心もウキウキ

となるのが普通でしょうが、
私の場合には

ポカポカ=黄色の風
ウキウキ=充血の目

であるわけです。

毎日の花粉飛散情報には眉間に皺も寄り
アイボン(目を洗う洗浄液)消費量が
普段の10倍以上になります。

致し方ない20数年の花粉症候群ですが、
花粉が日常なら、
こちらも決して日常を変えることなく
対抗意識をもっているのが
撃退の精神的なコツでもあるのです。

さて、野球。

最近は土日の草野球のわがチームにも、
なかなか合流できる日が少なく、
毎回素人さが露呈してしまう散々な結果ですが、
やはり楽しいのです。

業界とはまったく違う
街の仲間、夜の仲間、深夜の同志・・・

この不可解で不埒な仲間が
お天道様の下で汗をかき、
白球を追い回すのが素敵なのです。

・・・とはいえ、好調なチームとは裏腹に
個人的には今日もトホホな内容でした。

やはりバッティングセンターにも通い
ストラックアウトで肩も鍛えないといけない

春は花粉もいやですが、
課題もまた多いのです。

惜別の仕方2017/03/05 22:46

大変可愛がって頂いた先生との惜別


その日、数時間後には
周りの方が私に訃報を伝えてくださった事が
とても感謝する事でもあり、
同時に哀しみの始まりでもあるものです。

そんな訃報を知らせる方も
気が重いものだったでしょう。

オペレッタをとても沢山
やらせて頂いた時代には、
バレエダンサーが必要なシーンでは
いつも先生と一緒で、
様々な場面でその都度状況を訊かれ、
私を頼りにしてくださった。
私もまたベテランの判断力を注意深く見て
腑に落とし勉強させて頂いたのです。

アシスタントの時でも、
自分自身が振る時にもその関係は一緒で、
バレエを理解したい私に、
様々な事を教えてくださり、
音楽ばかりか、
オペラ、舞台芸術全てに
愛情と造詣が深い先生でありながら、
子のような世代の私に大変優しくして頂いた。

地方に行けば酒を飲み、
会話も楽しいながら
羽目も外さずダンディーに笑いながら、
昔の舞台の話に耳とグラスを傾けるのでした。

本当に嬉しかったのは2008年。
先生の舞台生活60周年という記念の
リサイタルの指揮者に指名していただき、
1年以上前から構成を聞き、
音楽を語り、舞台を想像する私に、
少年のように毎回語ってくださった事。
若輩の私が悩みながらやっていても、
「徹ちゃんに任したから心配なく」
と意に介さないように気を遣って下さり、
素晴らしい舞台の一端を担わせて下さった事。

その舞台経験は一生忘れない感謝の舞台でしたし、
彼の功績と若さ溢れる斬新な創造性を共にしながら
目の当たりにする事になったのでした。

先駆者というのは
厳しく見られ、とやかく言われ、
愛されもするが敵対もされる。
賑やかしくも心には秘めていて、
冷静な表情の裏側には
炸裂しそうな感情の高揚が
泉のように湧いている者だ。

横井茂先生と私は歳は33離れていますが
誕生日が一緒です。
毎年、いつも笑いながら、
互いにおめでとうを言い合う電話。
そんな事で元気な先生を確認して、
毎回季節外れの元旦気分だったのです。


80代も後半であるならば、
素晴らしい舞台人の人生であったと、
生意気に思ってはいたが、
こんなに近くに久しぶりに近寄ってみたら、
悲しくって仕方がなくなりました。

勝手に
いつまでも元気で笑ってくれると
思っていたから・・・。

名誉教授であらされた先生の素晴らしい功績を
大阪芸術大学が吉岩正晴さんの文章で
コラム上で残してくれています。

凄みのある舞台への情熱が全て読み取れます。

こんなカッコイイ舞台人で
私はいられるのだろうか・・・
訃報を聞いてからずっと考えています。
でもそうでいなくてはいけないと、
そう決めて惜別の会話にしたつもりです。

横井先生安らかに。

クラシック・ジャケットの女性2017/03/01 21:17

日経新聞に連載されていた
クラシック・ジャケットの女性10選

という誌上のイベントコラムがあり、
音楽評論家の萩谷由喜子さんの執筆で 
だいぶ楽しませていただきました。

10選なので、ちょうど終わったと思いますが、
品の良い選出ですし、音楽と美術を結ぶ
様々な接点に触れておられました。

例えば、、、1回目。
<ヴァイオリン、ヴィオールと
通奏低音のためのソナタ集> のジャケット
エリザベト=クロード・ジャケ=ド=ラ=ゲール
(1665〜1729年)という女性作曲家を
ジャン=フランソワ・ド・トロワが描いたもの。

この女性作曲家の紹介ですが、
見ただけ購買意欲も湧く
ドンピシャのジャケットデザインで
第一回に相応しいのでした。

ほぼ毎日楽しませていただき、
昔のLP時代の楽しみを思い出したのです。
新譜と言われる新しいレコード発売時、
ジャケットを見るのがまず楽しみでしたね。
30cmの大きさの画格というのは、
現在のA3用紙より大きかったし、
なにせジャケットが語っていました。

軽音楽ジャンルなら、
アルバムの中身のメッセージが
ジャケットに描かれていて、
クラシックでしたら
まだ知らぬ外洋の風景や、
演奏家のポーズは、
ポートレイトのように貴重でした。

だから「ジャケ買い」という
音楽マニアな言葉があったのですね。

そんなジャケットと音楽の距離感が
今のCDにはほとんどなく、
それどころか、、
配信というジャケットには
絵も実は箱でもないという現実。

動画再生もなかった時代だからこそ、
絵画や、絵画の写真であっても、
視覚から訴えかける音楽エネルギー
というものに執着したであろうし、
コマーシャルとしても、
大切なものでしたね。

毎回10回を楽しみにした
萩谷さんのHPに
このことが詳しく書かれています。
ご興味あれば・・・

<萩谷由喜子のホームページ>
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yukiko99/

浅草オペラ関連書籍2017/02/25 11:18

浅草六区でのオペラ活動、
通称浅草オペラは100年前。

私も長い間関連の公演をさせて頂いたので、
昨年から浅草オペラ100年という
ある意味貴重で重要な周年行事に
様々呼ばれる事も多いです。

浅草でのオペラ活動は、
民間によるオペラ普及活動という
位置付けがわかりやすいと思いますが、
その前時代である
帝国劇場歌劇部の活動など、
日本の西洋音楽と歌劇の歴史には
なくてはならない貴重な事項です。

この本も100年前の浅草をまとめた
最新刊でありますが、
担当執筆をしている方から頂戴いたしました。

楽しそうな内容です。

平成も29年目ともなると、
大正時代なんて
子供たちにとっては歴史の教科書の話でしか
ない古い時代でしょうが、
昭和生まれにとっては
祖父母が過ごしたちょっと古い
日本の時代という感覚ですね。

浅草オペラ
舞台芸術と娯楽の近代

杉山千鶴 中野正昭 編
森話社
2017年2月22日発行
2800円
カウンター