多忙な新年度2018/04/17 22:03

いろいろと新年度という切り替え時が
忙しいですね・・。
いろんな事を請け負っているのもありますが、
心してかからないとマズイと本当に思うのです。

さて、神奈川の職場では
様々な場面で話をしなくてはならず、
音楽の知識や現場を渡る方法だけではない
皆さんに満足をしていただかなくてはいけないという
実しやかに重要なミッションでもあります。

公演との関連で講座に少しでます。
朝日カルチャーの横浜での講座です。
「作曲家プロコフィエフと横浜」というタイトルでの
オーケストラ定期公演連動企画です。
https://www.asahiculture.jp/yokohama/course/a9395859-a50b-a633-5f40-5ac724ce75f4

1918年というのは、4年間に亘る悪夢のような
第一次世界大戦が終戦になったという年であり、
私はクラシック音楽が終わった時代と思っています。
現代に通じる音楽への門が開いた共いうでしょうが
いずれにせよ戦争で世の中も文化も芸術も
世界中で一変した事に変わりないのが100年前。

こんな百年前は大正6年。
明治期における文明開化の花が開く時代でもあります。
東京にも明治末期から西洋芸術を実施する劇場、
教育する機関などが順にできますが、
文化の陸揚げといえばやはり神奈川、横浜でもあります。
外国人居留地での様々な文化披露こそ日本への紹介であり
5つしか音のない日本の音楽から、
あと2つを輸入してモダンな7音の音楽が
日常になった時代でした。

そんな1918年にロシアから亡命した
セルゲイ・プロコフィエフが日本に滞在します。
その後は南米に渡る予定の2ヶ月間ですが、
確かにプロコは日本にいたのです。

・・・そんな話を、
横浜の歴史に詳しい先生と、
プロコフィエフの音楽の実演に囲まれて、
少しお話もさせていただく次第です。
興味おありの方は是非おいでください。
お待ち申し上げます。

明治期の再勉強2018/04/09 22:38

最近の旅のお共はこんな本。

日々日常となっている神奈川方面に出掛けると
色々なルーツに出くわしますが、
今年の明治維新から150年の節目に
もう一度西洋事始めを
陸上げ時からさらっておこうと思います。

先日、神奈川歴史博士の学芸員様と話した時に
ペリー総督が琉球にも上陸し
軍楽隊を鳴らした話を聞きました。
五音階、それも琉球音階しか知らない島民は、
城から漏れ聴こえる奇異な音に
どれだけ恐れ慄いたか想像すると、
音エネルギーの熱量は
相当な火薬に匹敵しただろうと思い、
五感の既成概念を消し去る勇気も
また明治維新だったかと納得です

クラシックばかりではなく、ロックやジャズ、
流行の歌謡曲に至るまで、
説得力ある音楽エネルギーは
西洋の合理的な楽理が基本ですので、
音楽文化の発展は明治期の西洋音楽導入に由来です。
そしてそもそも何処で誰がどの様に普及に尽力し
汗をかきながら演奏会などを実践したか、
此処を勉強する事は、
大正昭和平成そして未来になっても
私たちは知る責任があり、
先人の尽力に感謝をしなくてはならないのですね。

まぁ難しい事は抜きにして
ゆっくり明治文化に気を馳せて
耽るのもそう悪く無いのです。

そしてこの本、
この方 徳川頼貞 様
殿様に対してではなく
敬意を表しての様であるのです。
徳川と聞くて放っておけない
ミーハー、ブランド好きなのではなくて、
力の権力の戦国時代ではない、
経済と政界の力が明治期に働きかけた
文明開化は凄まじく、
現在の私たちの生活の底辺にもあるような
基礎がそこにはあります。
音楽、芸術分野でも然り、
日常には無かった文化を持ち込む勇気には
必ずや経済力も必要だったのですから、
頼貞の活躍には感謝をしなければならない。

今まで知っていた事から、
知っていた気になっていた事、
何度か読んでもどうも関係がわからなかった人物、
そんな事に合点がいくナルホド本です。
次の年号が来て浮かれた世の中になる前に、
明治期を頭に叩き込んでおきたいものです。

「音楽の殿様」
村上紀史郎著
藤原書店

四六上製 352ページ
ISBN-13: 9784894348622
刊行日: 2012/06

祝す時を損なわず2018/04/03 23:09

母誕生日!
くっそ、祝う電話さえ掛けられず、
忙殺かい日常よ。

日常は自分自信と思ったが、
社会と時間が織り成す褒美よりも
オトナ時間の副作用みたいです。
毎日は、すでにドーピングに危機に
晒されるか如しですが、
泳いでやるさと贈る言葉。

いや大事なことは伝えるのですね。
母よ!おめでとう。
いつもでも元気であれ。

庭にクリスマスローズ
健気な姿ですよね。
謙虚な下向き。見習います。

閉店ラッシュ2018/03/31 23:13

3月も終わりますので、
早いな〜とか、1年もあと9ヶ月・・・
などと呑気な日常のやり過ごしを
感じる暦の区切りでもあります。

それにしてもです。
何事にも節目はあるのでしょうが、
3月終わりの年度〆の覚悟というのは
晦日の節目より相当な重みがあります。

昔からそうなのです。
10代の頃からすでにそうだと思います。
お気に入り、大人の形容をさせて頂けば
贔屓のという言い回しが似合いますが、
通い詰めたお店が閉店します。
昔はプラモデル屋でしょうし、
洋服屋に靴屋、楽器屋でしょうが、
ここ最近は私が贔屓としている飲食店が、
次々と閉店していきます。
いやいや、私のせいではないのですよ。
食い潰しているとか、騒いでいるとか、
大声で乾杯を連呼しているのでもないのです。

数年、また10数年通い詰めたお店で、
この3月に閉店する飲食店が4店。
同エリアではないのですが、
それにしても多いのですね。

理由はわかります。
大変なんですね店を保つという事が。
然し乍らそう簡単な事ばかりではない。
ある店では後継の問題でした。
50年も続けた一等地の店ですが
経営も大変なのはさる事ながら、
その店を継いでくれる人材がいない。
人材不足が叫ばれる世の中ですが、
こんなところにも影響はあります。

大量仕入で工場での8割調理。
こんな合理で食材を料理しなければ、
外食産業はやっていかれないかもしれない。
大手居酒屋チェーンから、
いくつもの高級店ブランドを保有する会社、
どこでも裏側は合理性を第一に、
人件費や店舗代を捻出する事に躍起です。
当然個人店などは分が悪くなり、
サービスすれば電気代で無駄になり、
安全な健康管理された調理や
旬の凝った料理などは食材の出費が嵩む。
人材不足と人件費の高騰から
主人が身を呈して店に立ち続け、
そのまま体も疲弊していきます。
私は偶然でしょうがそんな店を見つけると、
心意気にも嬉しくなり顔見知りになる。
でも応援しても通っても根本は同じですので、
苦労の多いギリギリ経営で綱渡りですね。

10年に亘り足繁く通い詰めました。
旬の魚を美味しく紹介し調理し、
季節の日本酒を大切に振る舞い、
方々から日々集う方々を笑顔で紹介し、
愉しく人間関係を繋げてくれた。
家族も友も仕事仲間も杯を挙げて
数百の乾杯を施した店でしたが、
そんな大切なお店も今日で閉店です。

記事にも事件にもならず、
人知れず看板を下ろす話ですが、
実に寂しいものです。

二十歳2018/03/29 23:31

今日で娘が二十歳になった。
早いのか遅かったのか、
待ちわびたか寂しいか・・・

立派な大人になるのは年齢ではないと、
身を振り返っても周りを見回しても思うのです。
が、私のようにオトナなんかになれない部類の
反逆中年人は、二十歳の頃の方が
随分大人だった気もするわけです。

娘が10歳になったときのブログを
引っ張り出してみました。
こんな事書いています・・・。

『娘が生まれて、今日で10年になりました。
早いと言うか、ようやくというのか・・。
ほとんどの人間は、三桁は生きないもので、
そう考えると、ようやく二桁になりました。
とは言え、「半分成人式」というセレモニーを
行なう小学校も最近は多いらしく、
少子化で貴重な存在の子供たちの成長は、
以前より特別なのかも知れません。
心のコミュニケーションが取り難い現代では、
少なからず、お互いの現状を意識しあう作業も、
また貴重な時間と催しとも言えるのでしょう。

20歳になった夜、
一緒に酒を酌み交わすのは、まず俺であって欲しい、
など戯言をのたまう、昭和気質の私、
こんな区切りの日には、10年前を思い出します。

暁に生まれて間も無く、
透明の弁当箱の様なベッドに入り、
硝子1枚隔てた向こう側に彼女はいました。
泣くでもなく、寝るでもなく、
右を向き、ジッと私を見据えます。
私も負けじと、親であることを認識させようと、
ジッと視線を合わせながら、
半身になって硝子に顔を押し付けるのです。
そうこうして1時間も過ごす間に、
様々な事を通信し、交感しあい、
想像し、勝手に約束し、妄想し、半強制し・・・。
父親の悲しい古典的強迫観念がそうさせるのか、
自分をも父であることを自ら認識させたのか。
しかし振り返れば、2人だけで対話をした、
もっとも長い、静かな時でもありました。

思わぬ場所で誕生日を迎えた今日、
娘に、そんな話をしました。
「そんなの憶えていない!」と言われ、
「へ~、意外だね」、残念がれば、
「解るわけないじゃん」と、すかさず切り返す。

話の間が可笑しくて、共に吹き出しました。
今までも貴重な10年、これからも大切な毎日。
ここから先が楽しみで、これから先が重要です。
誕生日おめでとう。』


・・・読んでみたら、もうこれで
二十歳の今日のお祝いも充分な気がした。
たしかに生まれた時に話し合ったが、
家には居らず、病院のベッドであった。

10歳の時も家におらず、苦境を乗り越えるべく、
四角い白い戦場のど真ん中にいたはず。
頼もしくその後の10年を見つめて来ました。

そして10年後の今・・・

今日も家にはいないのです。
どうやら大人の小さな権利でもある
車のライセンスを取りに行っているので。
こんな風にだんだんと遠くに行くのかなと、
嬉しくもあり寂しくもあり、
しかしながら全ての方々に心より感謝を
申し上げる20年目の今日であります。
皆さんに報告をしながら祝杯挙げます。

本当にありがとうございます。

宵は呑んでんのワイよ2018/03/26 23:02

ド忙しい平日が過ぎると、
反動なのでしょうが、
酔狂とばかりに肝臓にエネルギーを注入。
そんな週末ばかりですが、
たまにはどんな楽しい宴かを・・・。

のっけからこんなですが、
若き奴らと傍若な宴。
いっつも堂々巡りのような話を宣いながら、
これでもかと酌み交わす。
前後不覚の会でもあります。

こんな色のモノにも変わります。
和だろうが洋だろうが一向に気にせず、
会話と笑いに吸い込まれる液体ども。

次回は初夏の予定・・・。

次の日。
ちょいと大人になった方々と
真面目な音楽の決め事をするのに、
集まって話し込む。
決定は早い、悩みゃしない。
あとは呑む。
とにかく話して呑む。

なんでも構わず呑むと、
また新しい会話が生まれてくるものだ。

次回はまた数週間後かな・・・。

因みに、
一軒で終わるハズもなく、
半径500mをウロウロしながら、
数件の友人と肝臓で握手しないと
気が済まないらしい。
もう困った人間関係。

そして次の日。
ここは感動的な話。
この事を書こうと思って前段を書いただけ。

子供達、、達というのは、
みな同じ子供達だからです。
先日成人した子供達は皆保育園の同級生。
超地元の噺で恐縮です。

ウチの娘も一緒ですが、
なにせ0歳から友人だった者も多く、
その子達の成人ともなると、
親達は放っておけない
(いや、普通は放っておく・・・)
事あるごとに家族で集まった仲なのですが、
改めて成人を勝手に親が祝おうと、
集まったわけです。
卒園生16人の中の8人。
私の娘は残念ながら欠席なのに、
親父が参加というのもよいでしょ?

保育園の時の写真を見ながら、
今の大人になった子供達と見比べて、
大笑いの2時間です。

偉いね、みんな。
親が一緒だっていう宴席なのに、
一緒に集まって喋って、乾杯して
酒を注ぎにも来てくれた。
子供達が皆んなの子供のままでいてくれて
素晴らしい子達だと感激したのです。

よく見りゃ面影がいっぱいで、
でも素敵でカッコよくて。
なんだか呑んでばかりの週末も
悪くないぜ。



切り口後(のち)の畜力2018/03/22 21:43

いろんな本を読みますが、
先天的誇大妄想症候群ですので、
すぐに影響を受けてしまいます。
小説など読むと深夜は眠れず、
朝だと一日中妄想だらけ。
行動に左右されそうで
ドラマは時間のある時しか
受け付けないようにしています。

昼間は実用本とか
新書的な研究本なんてうってつけ。
と思いながら買った本。

本屋のビジネス書の片隅です。

啓蒙本って嫌いなので
読みませんが
つい手に取ってしまった。
でも、ふ〜んくらいの興味。

美術史は
宗教と音楽の歴史に常に添うので
知識としても大切だし
知っているつもりだったりもします。

で、この本ですが、
帯がヤラシイ殺し文句。

「世界のビジネスエリートが
身につける教養」

確かにそうとも言えますが、、、

なんて思って読み進めますと、
意外に面白い。
簡潔ですし、
余計な時代は平気ですっ飛ばす。

切り口こそ勝負だったのでしょうが
こんなビジネス書でしたら
クラシック界にも当てはめて
上手くいけばビジネスマンに
興味を持っていただけるか?

例えば、、、

世界のビジネスエリートは
耳から教養を受けている

世界のビジネスエリートは
鼓膜で時代を聴き分ける

ビジネスエリートは
クラシック音楽こそブランドモード

ビジネスエリートが嗅ぎ分ける
フォーマルな内耳の宴

鼓膜に響くエリートの憧憬、
ビジネスは音と色の交差

妄想だらけなり。

売れないな、、、。
再考なり。

定期を聴いて2018/03/15 23:23

30年っていう歳月なんて、
どんな未来の事だと
ずっと思っていた昔ですが、
30回目の節目なんて
直ぐに突然やってくるものです。

教えている大学生、
最初は私と同い年の奴らでした。
アンサンブル、、いやそれ以前に
時間にみんな集まる事でさえ理解できず、
私も苦しむ大学生達でした。
毎年大学生は入学卒業を繰り返し、
その代わりに私は一人で年を増し、
なんだかいつの間にか親子の齢。

そんな事をしているうちに
30回もの定期演奏会をしました。
学生達は感慨なんてないかもしれぬのは、
そりゃ毎年入れ替わるからであって、
たまたま30年目からかもしれないのですね。
でもまぁ知らぬうち時代も移ろい、
時間を守るのも当たり前になり、
プロの皆さんも技術が上がったように、
アマチュアの演奏家も上達しました。

そんな変化を見ていると、
30回も続けて来て、
30年以上も教え続けている事が
そう悪い事ではないなと思いました。

プロももちろん演奏活動は真面目に
手なんか抜かずにやりますが、
それにも増して彼らは楽しそうである。
間違えても舌を出し笑顔、
上手くいったら満面の笑顔。
真面目に取り組んだ結果は評価ではなくて
拍手の大きさに笑顔の数。

実に羨ましいのです。

音楽を教えているようで
実は楽しみ方を教わるのが、
私たちの役目であるようなものか。
どんどん変わっていく世の中でも
こんな風に変わらぬものがあると、
ホッとするものです。

余り露わにするのはちと恥ずかしいが、
実はとっても嬉しかった演奏会でした。

桜の落差2018/03/13 13:59

桜は鼻も敏感です。
気温の僅差か
ほんの数日で春になりますね。
寒桜も落山か、
そは儚き冬の名残です。

昼定食を頂きに頻繁に通う店、
魚が美味しく舌に優しい。
不規則な毎日を支えるランチの名所が
ビルの建て替えで立ち退きです。

昼御飯を頂きに通う贔屓の店、
肉が美味しく胃にも優しい。
様々振り回される毎日に強い味方が
後継者不足も祟り閉店です。

ううむ、集う場所がなくなる、
昼の舌鼓を打つ店が無くなるのは
寂しいですし困ります。
昨今は食材も値上げされ、
老舗は値上げしないで頑張るから
厳しくなり根を上げてしまいます。
残るのは何処の仕入れや解らぬ
大量生産を工場で賄う大手ばかり。

そう食欲に深く無いですが、
なるべく目の前で作る食事を頂きたいものです。

春は様々な機微に触れますが、
桜の花にも、
人知れずな気苦労が
ある気がいたします。

ついの棲家2018/03/10 23:22

都心まで車で出ることになり、
しばらく行かれなかった実家に寄りました。
両親共に元気で変わりないのは
何よりの安心ですね。

日暮れ時でしたがついでと思い、
お彼岸にも行かれるか分からぬや、
お墓参りをしようと上野まで。

駅から歩ける距離ほどのお寺。
親戚のお墓も多く、
子供の頃からの拠り所である。
都心のお寺ですので、
墓地自体が大きいわけではないのですが、
檀家の関係で埋葬は増えるわけで、
都度墓地を拡張してきた痕跡は、
土地の形で現れるものです。

数年前・・いや10数年前か。
奥の倉庫を片付けたので
新しく区画を分ける話になり、
父が購入。

私も一緒に見に行って、
穴開けた区画に自分で入ったりして
「ここならいいでしょうよ」となり
そのまま時が経過しましたが、
墓石購入の話になり、
年末に墓石を建立しました。

明るくて住み心地が良さそうです。
そうね、南向きで眺望も悪かない。
周りの建物が高いから、
少しでも陽に当たる方がよいし、
なにせ近所が親類の家ばかりだから、
遊びに来た子孫がすぐに見つけられないとね。
狭いところ苦手なんだけど大丈夫かな?
でも都会の一等地だから仕方ないし、
永代に弔われる場所があるだけで幸せでしょう。

なんだか気分もスッキリしますね。
こういう出来事は。





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