悪夢2010/05/11 21:51

静かに昼食後の葉巻を燻らしていると、
家の電話がけたたましく鳴り時間を寸断。
同じ音なのに、胸騒ぎがする時は、
ピッチが半音も高く聞えるものである。
「はい、え?!はい、大丈夫ですが・・・」
ハッキリ言って、応対しなければよかった。
電話の向こうはきっと胸なでおろし、
こちらは受話器を置いた右手が汗ばみ、
全身の毛穴が開き始めている。
時計を見れば残された時間はあと2時間。
「そんな時間でどうやって準備を・・・。」
そもそも何故俺に、なんだ?

電話は、あるオーケストラからの依頼。
3週間に及ぶオペラリハーサルは、
業界で毎日話題になるくらいの注目演出。
本国世界初演は1年前だが、好評につき、
今度は、日本での再演である。
このまま世界5大都市を回るツァー公演だ。
準備が整い、2日前のGPも仕上がり上々、
新聞でも期待高まる評で人気好調である。
今日は公演前の最終音楽チェックで、
簡単な最終確認を、オケと指揮者だけで。
そんな時、事件は起きたらしい。

ドイツから来たベテラン指揮者、
高齢ながらこのところ体調は頗る良かった。
しかし、この大切な日の公演直前、
リハ中に突然胸を押さえてうずくまった。
スタッフは慌て、最終主催者判断で、
急遽代わりを探すことになった。
だが公演まで2時間しかなく、
代われる人は物理的に限られている。

そんな大事な演目が何故俺に?

近所だったのだ、私の家が・・・。
とても近い。最寄の線は違えど、
車を飛ばせば15分で到着する、
西東京側の大ホールである。
よりによって、どうしてこんな劇場で?
入場券はいくらなんだ!客は入るのか?
根本的な問題から余計なお世話まで、
追い込まれると、要らぬ事まで考える。

汗をかきながら、本番の準備。
家中走り回り呟く、燕尾服!燕尾服!
先日の公演で糊の強すぎたのを避けて、
仕立てより、着心地が好みの、
弱い糊の公演用ワイシャツを選ぶ。
あぁ、時間がないのにどうして拘るのだ!
そんな凝り性にイライラしながら、
時間とデットヒートしながらの準備。
ところが、何故か進まない。
どうも、上手いこと手がつかず、
この辺りから雲行きがおかしい。
シャツは選んだが、靴下の左右が違う。
お気に入りのエナメルの靴が見つからず、
靴棚のエナメルの箱を全部開けても、
ストレートチップが出てこない。
ようやく探し出した場所は、
夏物のサンダルの箱の底、なぜ?
燕尾服すらいつものを出したつもりが、
1階に下りてよく見るとグレイの燕尾、
階段を急いで上がり取り替えにいくと、
今度はズボンが全然違う。

だから2時間しかないんだから!

ようやく家を出る段に時計を見る余裕なし。
よく考えれば、譜面だって見ていないし、
この長丁場の初演モノをどうやって、
初見で指揮すればよいのか方法も解らない。
よく解らないが、とにかく会場を目指し、
ハンドルを握り続ける。
バクバクした心臓の鼓動とエンジンの音が、
不吉な二重唱を奏でながら、
この次の恐怖の場面を動機させていく。

駐車場に車を滑り込ませ、衣装を抱えて、
楽屋口から転がり込むように走り込む。
「お、おはようございます!」
言葉を震わせ状況を把握しようとすると、
大勢のスタッフ向こうに見えたのは、
舞台に出られる上手の出待ち袖。
まだ開演前のはずなのに、聞こえたのは、
クライマックスを歌い上げる歌手の声と、
ピタリと寄り添う伴侶のようなオケの音。
「あぁ、間に合わなかったのか!!」

残り時間も確認しなかった私は顔面蒼白。

着替えても居ない私を、構わず、
舞台スタッフが舞台に押し出すと、
音はオケピットではなくて舞台からだ。
特設の舞台装置に乗った200人のオケと
総勢1000人を超える大合唱団。
レーザー光線を駆使した演出に呑み込まれ、
驚きと、焦りは極限状態。
「なんなんだ、この舞台は!」
怒号のようなお客さんの歓声が会場を包み、
それでも音は鳴り響き、ドラマは進行する。
「誰が指揮を!」
と思った途端眼に飛び込んで来たのは、
背中を向けているオケ内のピアニストが、
手を振り回して指揮をしている姿。
「私が到着しないから仕方なく彼が・・・」
そんな事を思うまもなく、
熱中する彼の脇を押し出されながら進めば、
何も知り得ないスペクタルが私を歓迎し、
ライトにあたった定位置の譜面が光っている。

「うぅ、、、なんてことだ!神よ!」
と、天井を仰ぎ見、
解決しない孤独感に押しつぶされる寸前、

目が醒めた。

ふ~~、恐ろしい夢なのだ。
気づくと全身汗だくで、疲労困憊。
年に2度ほど体験する睡眠痩身法、
“ダイエット・ドリーム”。

私、どこか病気でしょうか・・・
それとも不治の職業病なのか・・・。
大きな公演の前、楽譜と格闘しだすと、
“間に合わなかったら”の恐怖観念から、
このような夢を体験するのでしょう。
この状況は、最近連続ドラマ化してきた、
「代役」という悲劇なのです。

スイマセン、しょうもないサスペンスに、
付き合せてしまいました。

コメント

_ だーしの ― 2010/05/12 10:18

すいません、不謹慎ながら、
読んでて笑ってしまいました(笑

しかし、仕事をしている夢、
自分も見ることがあります。
なんとも悲しくなりますね。
先生ほどドラマチックではありませんが(笑

夢は以前に体験した恐怖に
慣れさせるために見る、って、
以前誰かに聞いたことがあります。

似たような恐怖体験がおありでは?(笑

_ だーしの さん ― 2010/05/12 12:02

夢は、その昔「夢日記」をつけていたので、
フロイトレベルではないにせよ、コントロールできます。

しかし、時にこのような夢見るのです。
途中で半ば可笑しな展開に気づきながら、
途中棄権できない悲しい職業悪夢。

いや、いつも時間と追いかけっこの準備ですから、
こういうことになるのは、仰るとおり・・・

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