最終リハ ― 2014/11/01 21:41
SayNo終演 ― 2014/11/03 23:52
楽しい本番が終わりました。
プロとの緊張感溢れる公演は勿論、
アマチュア定期演奏会と言えども
作品の価値普遍的なものですので、
完璧ではなくともフォルムを整える
というのは大切なことです。
オーケストラの基礎は歴史を追うので
古典から前期ロマンという時代を
徹底してやるのが良いのでしょうが、
学生オケなどで管楽器などの編成を考えると
なかなかそうはいかず、
華やかな19世紀末や20世紀初頭の音楽を
演奏したがる傾向にあります。
指揮者も古典や前期ロマンといった
オーケストラの楽器と音楽の成熟期に
関わる時代を徹底したいけど
機会のない方も多いものです。
オケ演奏家から指揮者になった方は
演奏家として長年関わりよく知っているが、
他のパートとなると解らない事も多い。
時代が進めば進むほど離れる過去。
現代の喧騒からは相当離れた時代であり
政治や社会状況も考えると、
益々学問的な音楽になってしまいます。
そんな時代と音楽に思いを馳せて
音楽からロマンを追うのは楽しいものです。
提供をしてくださる方々は、
プロでも愛好家でも関係なく嬉しいし、
懐深く付き合える若き社会人との舞台は
楽しく大変ありがたい公演です。
終わってしまうと寂しいものですが、
また明日を生きなければならず、
しばらく皆さんとお別れでもあります。
お客様の拍手と笑顔がとてもありがたく、
来年はもっと多くの方々に聴いて頂きたく
私自身も精進したいものです。
全責任者のU野さんコンマスK篠さんはじめ
団員全ての友に感謝しています。
プロとの緊張感溢れる公演は勿論、
アマチュア定期演奏会と言えども
作品の価値普遍的なものですので、
完璧ではなくともフォルムを整える
というのは大切なことです。
オーケストラの基礎は歴史を追うので
古典から前期ロマンという時代を
徹底してやるのが良いのでしょうが、
学生オケなどで管楽器などの編成を考えると
なかなかそうはいかず、
華やかな19世紀末や20世紀初頭の音楽を
演奏したがる傾向にあります。
指揮者も古典や前期ロマンといった
オーケストラの楽器と音楽の成熟期に
関わる時代を徹底したいけど
機会のない方も多いものです。
オケ演奏家から指揮者になった方は
演奏家として長年関わりよく知っているが、
他のパートとなると解らない事も多い。
時代が進めば進むほど離れる過去。
現代の喧騒からは相当離れた時代であり
政治や社会状況も考えると、
益々学問的な音楽になってしまいます。
そんな時代と音楽に思いを馳せて
音楽からロマンを追うのは楽しいものです。
提供をしてくださる方々は、
プロでも愛好家でも関係なく嬉しいし、
懐深く付き合える若き社会人との舞台は
楽しく大変ありがたい公演です。
終わってしまうと寂しいものですが、
また明日を生きなければならず、
しばらく皆さんとお別れでもあります。
お客様の拍手と笑顔がとてもありがたく、
来年はもっと多くの方々に聴いて頂きたく
私自身も精進したいものです。
全責任者のU野さんコンマスK篠さんはじめ
団員全ての友に感謝しています。
自己管理 ― 2014/11/08 10:59
夜の羽生選手の一部始終を見た。
6分間の最初から見ていたから、
全てを見たと言ってもいいでしょうね。
男女関係無くフィギュアのスピードでは
石のように硬いリンク上でのジャンプ、
スピンなど怖いものだといつも見ている。
しかし今回は競技前の事故。
恐ろしいアクシデントではありますが、
選手個人が招いてしまった事故。
サッカー、野球といった団体競技、
いや体操や卓球やテニスなどの
団体ばかりか個人で戦う競技でも、
監督やコーチがいて組織力で闘い、
戦場外の場所で冷静な判断力を要します。
組織を組める財力や認知度も左右しますし、
フィギュアスケート界がどの程度
組織で参加して戦っているか解りませんが、
今回の判断は全て個人の決断でしたね。
賛否両論でどちらが良いとは言えませんが
個人で戦っている一般男子から見れば、
招いたミスは自分で取り返さなければならず
その日に棄権してミスを先送りするわけには
いかない事は多々あるものです。
私達に置き換えて考えてみれば
コーチも監督も無く自己管理と自己判断だけで
毎日仕事をしている音楽家が殆どです。
関係は個人事業主でありますが、
組織の中に入って演奏をしたり、
指揮者は組織を取りまとめながら仕事。
公演日に自分のミスで怪我をしてしまう。
階段で転んだのか、雨で滑ったのか、
毎日通る場所なのに転んでしまい、
ほんの少しの不注意でアクシデント。
打ち所悪く手も上がらない。
よもや転んだ足の打ち所悪く歩けない。
捻挫か骨折一歩手前か、
明らかに普段の筋力が使えないのが明白。
こういう事はいくらでも考えられます。
それでも劇場に行かねばならず、
舞台に上がって人前に出なくてはならない。
国際舞台で毎回戦っているアスリート
羽生さんとは別次元の我々でも、
テレビカメラが捕らえていな所で
こういう事は可能性0ではないのです。
滑った彼の心境は良く解るが、
競技終了後の羽生さん、痛々しかった。
M岡S造さんの如く感動をした方が多かったが、
私には心配しか残らなかった。
壮絶な闘いとして記憶している
貴乃花が現役引退に追い込まれる原因の
優勝決定戦を思い出してしまいました。
無理が後に響かない事を願い、
彼の若い身体と強靭な精神が、
順調な回復を見せてくれることを祈ります。
この経験が更なる高みへと飛躍するのを
心から応援したい素晴らしい逸材ですね。
6分間の最初から見ていたから、
全てを見たと言ってもいいでしょうね。
男女関係無くフィギュアのスピードでは
石のように硬いリンク上でのジャンプ、
スピンなど怖いものだといつも見ている。
しかし今回は競技前の事故。
恐ろしいアクシデントではありますが、
選手個人が招いてしまった事故。
サッカー、野球といった団体競技、
いや体操や卓球やテニスなどの
団体ばかりか個人で戦う競技でも、
監督やコーチがいて組織力で闘い、
戦場外の場所で冷静な判断力を要します。
組織を組める財力や認知度も左右しますし、
フィギュアスケート界がどの程度
組織で参加して戦っているか解りませんが、
今回の判断は全て個人の決断でしたね。
賛否両論でどちらが良いとは言えませんが
個人で戦っている一般男子から見れば、
招いたミスは自分で取り返さなければならず
その日に棄権してミスを先送りするわけには
いかない事は多々あるものです。
私達に置き換えて考えてみれば
コーチも監督も無く自己管理と自己判断だけで
毎日仕事をしている音楽家が殆どです。
関係は個人事業主でありますが、
組織の中に入って演奏をしたり、
指揮者は組織を取りまとめながら仕事。
公演日に自分のミスで怪我をしてしまう。
階段で転んだのか、雨で滑ったのか、
毎日通る場所なのに転んでしまい、
ほんの少しの不注意でアクシデント。
打ち所悪く手も上がらない。
よもや転んだ足の打ち所悪く歩けない。
捻挫か骨折一歩手前か、
明らかに普段の筋力が使えないのが明白。
こういう事はいくらでも考えられます。
それでも劇場に行かねばならず、
舞台に上がって人前に出なくてはならない。
国際舞台で毎回戦っているアスリート
羽生さんとは別次元の我々でも、
テレビカメラが捕らえていな所で
こういう事は可能性0ではないのです。
滑った彼の心境は良く解るが、
競技終了後の羽生さん、痛々しかった。
M岡S造さんの如く感動をした方が多かったが、
私には心配しか残らなかった。
壮絶な闘いとして記憶している
貴乃花が現役引退に追い込まれる原因の
優勝決定戦を思い出してしまいました。
無理が後に響かない事を願い、
彼の若い身体と強靭な精神が、
順調な回復を見せてくれることを祈ります。
この経験が更なる高みへと飛躍するのを
心から応援したい素晴らしい逸材ですね。
壁崩壊25年 ― 2014/11/09 09:50
毎年11月になると思い出しましたが、
1989年11月9日は特別な日です。
ドイツに住み始めて半年後の秋、
それまでの生活が一変する歴史的な出来事。
所謂“ベルリンの壁崩壊”という日です。
今年は25年・・・。
渡独から5年、10年、と数えましたが、
四半世紀の時が流れ、
あの時が今の年齢の折り返しかと思うと、
感慨深さと巳の未熟さに呆れたりします。
11月9日に検問所の封鎖が解かれたのですが
市民として生活していた衝撃的な日は、
翌日10日の午後からです。
いつもなら昼にはフィルハーモニーに行って
音を出したりリハーサルを見るのですが、
この日はベルリンフィルの公演の2日目で
演奏会だけ行くつもりで家に居たら、
ブランデンブル久門から数キロ離れた
家の前の大通りでさえ慌しい雰囲気。
イベントやデモは日常的なので、
あまり気にも留めなかったのですが、
バスに乗ろうと家を出て友人に出くわす。
「こんな日が来るとは大変な日だ!」
と言って彼は頬を紅潮させ興奮していた。
数週間前からニュースになっていた東欧諸国、
特にハンガリーとオーストリア国境の出来事が
ベルリンの国境にも影響したことを知る。
でもまさか壁が開いたなんて信じ難かった。
しかしバスに数百m乗って街の中心に行くと、
歩道は溢れんばかりの人の数。
大変な事が起きていることが解った。
趣味が写真を撮ることだったので、
日常的に一眼レフを持ち歩いていたのですが、
まずは撮った衝撃的な写真がこれです。
1989年11月9日は特別な日です。
ドイツに住み始めて半年後の秋、
それまでの生活が一変する歴史的な出来事。
所謂“ベルリンの壁崩壊”という日です。
今年は25年・・・。
渡独から5年、10年、と数えましたが、
四半世紀の時が流れ、
あの時が今の年齢の折り返しかと思うと、
感慨深さと巳の未熟さに呆れたりします。
11月9日に検問所の封鎖が解かれたのですが
市民として生活していた衝撃的な日は、
翌日10日の午後からです。
いつもなら昼にはフィルハーモニーに行って
音を出したりリハーサルを見るのですが、
この日はベルリンフィルの公演の2日目で
演奏会だけ行くつもりで家に居たら、
ブランデンブル久門から数キロ離れた
家の前の大通りでさえ慌しい雰囲気。
イベントやデモは日常的なので、
あまり気にも留めなかったのですが、
バスに乗ろうと家を出て友人に出くわす。
「こんな日が来るとは大変な日だ!」
と言って彼は頬を紅潮させ興奮していた。
数週間前からニュースになっていた東欧諸国、
特にハンガリーとオーストリア国境の出来事が
ベルリンの国境にも影響したことを知る。
でもまさか壁が開いたなんて信じ難かった。
しかしバスに数百m乗って街の中心に行くと、
歩道は溢れんばかりの人の数。
大変な事が起きていることが解った。
趣味が写真を撮ることだったので、
日常的に一眼レフを持ち歩いていたのですが、
まずは撮った衝撃的な写真がこれです。
U-Bahn(地下鉄)の入り口によじ登って写しました。
(真似して登った記者が撮っていた同じアングルが
次の日の新聞一面になっていた・・・)
この無数の人は殆ど東ベルリンのドイツ人。
白黒フィルムを入れていたので解りにくいですが、
ほんの数百Mしか離れていない向こう側ドイツ人、
髪が栗色で写真で見ていた典型的ドイツ人の色。
(西の方がむしろドイツ離れしていたのです)
このあと早足で何枚も写真を撮ります。
これは有名な Cafe Krantzler
目抜き通りの交差点も人で溢れかえっています。
それから目指したのは Europa Center
Berlinのランドマークタワーのようなビルで
屋上に上がる事が出来ます。
この屋上からの写真がこれです。
横には第二次世界大戦の空爆で大破した
カイザーウィルヘルム教会が見えます。
日比谷から銀座の交差点と言った場所です。
もうこの光景は心臓バクバクさせながら
シャッターを切りましたが、
兎に角東ベルリンのドイツ人が、
西へ西へと歩いて行った光景なのです。
日本でブランデンブルク門の脇の
壁に登るドイツ人、壁を叩き壊すシーンが
壁の崩壊というイメージでしょうが、
最初はもっと厳かで粛々としたものでした。
もう少し解りやすい写真を入れておきましょう。
カラー写真、フィルムが替わっているから、
多分翌日かでも数日内の写真。
ブランデンブルク門脇に作られた
仮の検問所、、、いや国境です。
笑っているのは旧東ドイツの国境警備兵。
この数日前まで、マシンガンを方から掛け、
獰猛な犬を従えて硬い表情を崩さなかった
彼らがこのような表情ではなしているのです。
「ベルリンの壁崩壊」
というタイトルを目にしますが、
「ついに開かれたベルリンの壁」
と言う説明が必要ですよね。
この日を境にドイツは再統一という
現在の姿を目指していく事になりますが、
個人的には子供の頃から知っていた知識と、
東側諸国の“共産圏”と言う響きが
頭の中から崩壊し始めた日というわけです。
この日から25年・・・・。
信じたくないが自分の歴史でもあります。
もう少しベルリンの壁の事を続けましょう。
続く。
脳ライフ ― 2014/11/15 23:02
地元で毎年行っていた
音楽の街-狛江シンボルコンサートは、
2007年から続きましたが、
昨年は1回お休みしました。
毎回テーマを設けて企画を進め、
市民参加のワークショップも催して
なにかと大掛かりは会をしてきました。
あたらためて仕切り直しの今回。
様々なジャンルでそれはそれで大掛かり。
ピアノ連弾で始まった演奏が、
半能の型式とはいいながら、
能楽で終わると言う大事でした。
毎回企画に参加しながら、
当日の公演では司会をしていますが、
今回は本当に疲弊しました。
体力を取られる疲労というより、
全て搾り出して空という疲弊が相応しい。
脳を駆使しても追い付かない事が多く
お客様に伝える係として
なかなか工夫が必要でもありました。
洋楽、邦楽、古典、現代
様々なジャンルと時代を経験しながら、
実践でも知識でも蓄積は多い筈ですが
勉強の足りない所は山の様にあります。
尽きない興味と飽きない楽しさですが、
まだまだダメダメですね。
11月もいつの間にか後半。
こうして12月になり年賀状に追われて
気がつけば除夜の鐘でしょうが、
今年は例年に無く気が抜けない日々。
こういった所謂人生の節目ってのを
何度も経験しているので、
「また来たのか」と思うわけですが、
これも神のみぞ知る私の行く末であり、
修行として大切な一時代なのです。
誰も助けてはくれないので自分で超えます。
何はともあれ、
どんな小さな地域でも、
誰が来ようともやらねばならない事は一緒。
全てお見せして感じ入って頂く事が大切。
がんばりましょう。
音楽の街-狛江シンボルコンサートは、
2007年から続きましたが、
昨年は1回お休みしました。
毎回テーマを設けて企画を進め、
市民参加のワークショップも催して
なにかと大掛かりは会をしてきました。
あたらためて仕切り直しの今回。
様々なジャンルでそれはそれで大掛かり。
ピアノ連弾で始まった演奏が、
半能の型式とはいいながら、
能楽で終わると言う大事でした。
毎回企画に参加しながら、
当日の公演では司会をしていますが、
今回は本当に疲弊しました。
体力を取られる疲労というより、
全て搾り出して空という疲弊が相応しい。
脳を駆使しても追い付かない事が多く
お客様に伝える係として
なかなか工夫が必要でもありました。
洋楽、邦楽、古典、現代
様々なジャンルと時代を経験しながら、
実践でも知識でも蓄積は多い筈ですが
勉強の足りない所は山の様にあります。
尽きない興味と飽きない楽しさですが、
まだまだダメダメですね。
11月もいつの間にか後半。
こうして12月になり年賀状に追われて
気がつけば除夜の鐘でしょうが、
今年は例年に無く気が抜けない日々。
こういった所謂人生の節目ってのを
何度も経験しているので、
「また来たのか」と思うわけですが、
これも神のみぞ知る私の行く末であり、
修行として大切な一時代なのです。
誰も助けてはくれないので自分で超えます。
何はともあれ、
どんな小さな地域でも、
誰が来ようともやらねばならない事は一緒。
全てお見せして感じ入って頂く事が大切。
がんばりましょう。
十字屋コンサート ― 2014/11/16 12:59
土曜22日にトークコンサートがあります。
7年間もコラムを書かせていただいた、
銀座十字屋の機関紙「十字屋通信」では、
140年になる名店の歴史も紐解きながら、
明治大正期の日本の話、銀座の話、
そして音楽の話など綴りました。
今回はその総決算といも言うべき
トークコンサートなわけです。
美しい2人のゲストも交えながら、
話しながら「銀座と音楽」といたします。
140年!という歴史は一言で語れません。
江戸から明治社会へと時代が移り、
文明開化と言われながら、
人々の社会観までもが変化した時期でした。
西洋音楽をベールに生業とする私達も、
知らなくてはいけない歴史がたくさんあり、
音楽のルーツを十字屋は歩んでいます。
そんなコンサート
是非お出かけください!!!!
『銀座と音楽』
〜時を越境する街と音楽〜
<第24回霜月音楽会>
出演:榊原徹(お話)
菊地美奈(ソプラノ)
丹千尋(ピアノ) <第24回霜月音楽会>
2014年11月22日(土)
開演 15:00(開場 14:30)
十字屋ホール
5,200円(フリードリンク付/全席自由)
※開催直前につき
☎03-3561-5250へお申込みください。
竹久夢二/多忠亮:宵待ち草
ショパン:ノクターン
訳詩・小林愛雄/スッペ:恋はやさし野辺の花よ
ほか
十字屋公式HPにも情報が載っています
http://www.ginzajujiya.com/hall/event/
7年間もコラムを書かせていただいた、
銀座十字屋の機関紙「十字屋通信」では、
140年になる名店の歴史も紐解きながら、
明治大正期の日本の話、銀座の話、
そして音楽の話など綴りました。
今回はその総決算といも言うべき
トークコンサートなわけです。
美しい2人のゲストも交えながら、
話しながら「銀座と音楽」といたします。
140年!という歴史は一言で語れません。
江戸から明治社会へと時代が移り、
文明開化と言われながら、
人々の社会観までもが変化した時期でした。
西洋音楽をベールに生業とする私達も、
知らなくてはいけない歴史がたくさんあり、
音楽のルーツを十字屋は歩んでいます。
そんなコンサート
是非お出かけください!!!!
『銀座と音楽』
〜時を越境する街と音楽〜
<第24回霜月音楽会>
出演:榊原徹(お話)
菊地美奈(ソプラノ)
丹千尋(ピアノ) <第24回霜月音楽会>
2014年11月22日(土)
開演 15:00(開場 14:30)
十字屋ホール
5,200円(フリードリンク付/全席自由)
※開催直前につき
☎03-3561-5250へお申込みください。
竹久夢二/多忠亮:宵待ち草
ショパン:ノクターン
訳詩・小林愛雄/スッペ:恋はやさし野辺の花よ
ほか
十字屋公式HPにも情報が載っています
http://www.ginzajujiya.com/hall/event/
祝140年 ― 2014/11/22 23:01
銀座十字屋のトークコンサートが
無事に終演してホッとしています。
毎年の事ですが、
9月の声を聞くあたりから忙しくなり、
10月、11月の下旬から12月と、
繁忙期を迎えるにいたります。
公演に呼ばれてありがたい事ながら、
指揮だけではなくお話をしたり、
また今回のようにトーク中心となると
それなりの心構えも必要となりますね。
準備の段階で様々心配をお掛けもし
スタッフの皆さんに感謝しています。
銀座の真ん中で140年の長きに亘り
店舗を構えるというのは大変でしょう。
そんな事を紐解きながら
お話しする内容や音楽を考えましたら、
汗をかくような重圧まで感じました。
音楽専門のお店ですから、
明治期の文明開化と西洋音楽の普及、
商業音楽に流行音楽、
何処を取っても音楽家に関連があり、
少なくとも現在の音楽文化の一端を
大きく担って来たお店であるわけです。
演奏をして頂いた
ソプラノ菊地美奈さん、
ピアノ丹千尋さんにも感謝です。
直前まで頭を悩ませながら、
構成に苦しんでいたところを、
演奏者の経験と技量が救ってくれました。
これからも一緒に舞台をしたい方々に
頭を深々と下げたいところです。
12月十字屋通信で7年ほど務めた
コラム「銀座と音楽」が最終回になります。
馴染み深い銀座から音楽を見つめ、
海から来た明治の文明開化に思いを馳せ、
温故知新を身に刻み込んだ7年間が、
今回の公演で節目となりました。
奥深い銀座に魅せられると同時に、
到底達する事のできないであろう
先人達のバイタリティーに敬服しながら
今回の公演の多少の苦しみも楽しみました。
来場していただいた皆様に
心から感謝を申し上げます。
無事に終演してホッとしています。
毎年の事ですが、
9月の声を聞くあたりから忙しくなり、
10月、11月の下旬から12月と、
繁忙期を迎えるにいたります。
公演に呼ばれてありがたい事ながら、
指揮だけではなくお話をしたり、
また今回のようにトーク中心となると
それなりの心構えも必要となりますね。
準備の段階で様々心配をお掛けもし
スタッフの皆さんに感謝しています。
銀座の真ん中で140年の長きに亘り
店舗を構えるというのは大変でしょう。
そんな事を紐解きながら
お話しする内容や音楽を考えましたら、
汗をかくような重圧まで感じました。
音楽専門のお店ですから、
明治期の文明開化と西洋音楽の普及、
商業音楽に流行音楽、
何処を取っても音楽家に関連があり、
少なくとも現在の音楽文化の一端を
大きく担って来たお店であるわけです。
演奏をして頂いた
ソプラノ菊地美奈さん、
ピアノ丹千尋さんにも感謝です。
直前まで頭を悩ませながら、
構成に苦しんでいたところを、
演奏者の経験と技量が救ってくれました。
これからも一緒に舞台をしたい方々に
頭を深々と下げたいところです。
12月十字屋通信で7年ほど務めた
コラム「銀座と音楽」が最終回になります。
馴染み深い銀座から音楽を見つめ、
海から来た明治の文明開化に思いを馳せ、
温故知新を身に刻み込んだ7年間が、
今回の公演で節目となりました。
奥深い銀座に魅せられると同時に、
到底達する事のできないであろう
先人達のバイタリティーに敬服しながら
今回の公演の多少の苦しみも楽しみました。
来場していただいた皆様に
心から感謝を申し上げます。
タンゴと8番 ― 2014/11/24 09:17
金曜日28日になりますが、
“タンゴとドボルザーク”という
面白い構成の公演があります。
年間を通じてお仕事をさせて頂いている
東京室内管弦楽団も
長きに亘り活動をしているオーケストラ。
古くは流行音楽や教育音楽の録音、
音楽鑑賞教室からファミリーコンサートと
あらゆる分野での歴史気があります。
この企画の面白いところは、
クラシックをジャンルで捕らえないで、
クロスオーバーした構成で
クラシックも一緒に楽しんで頂こうという
趣旨に溢れる事ですね。
昭和30年代は日本の空前のタンゴブーム。
私が生まれて物心ついた40年代でも
その残像のようにあちこちから流れては
大人たちが身体を揺らしていたのを
良く覚えています。
タンゴの流れは大きく言えば、
アルゼンチンに生まれたタンゴと、
ヨーロッパに栄えたコンチネンタルに別れ、
その後知性的なピアソラ作品に代表される
モダンタンゴという別け方があります。
日本のはやりはコンチネンタルが中心です。
理路整然として情熱的なリズム、
哀愁を帯びて心に訴えかけるメロディー、
バンドネオンのリード楽器の響きと、
オーケストラに緩和される豪華な響き。
こんなコンチネンタルタンゴの響きが、
踊る方だけではなく、
聴く方の耳をも魅了したのでしょうね。
今回はこのコンチネンタルの懐かしさと、
モダンなピアソラの世界、
そして懐かしい名曲タンゴまで演奏し、
お客様の魂を情熱的なメロディーで艶出し
しようという演奏会なのです。
後半はドボルザークの交響曲第八番・・・。
普通に演奏します。
いたって真面目な選曲と演奏ですが、
このカップリングがこのオケの
最大の面白さであり特徴です。
明日からリハーサルが始まりますが、
平日ですがいらっしゃいませんか?
渋谷駅から徒歩数分のホールで、
仕事帰りにタンゴなんてどうでしょう?
ご連絡ください!!
詳しくは東京室内管弦楽団
公式HP:
ファンタジー・オブ・クラシック
11月28日(金)をお開きください。
http://www.tco.or.jp/
“タンゴとドボルザーク”という
面白い構成の公演があります。
年間を通じてお仕事をさせて頂いている
東京室内管弦楽団も
長きに亘り活動をしているオーケストラ。
古くは流行音楽や教育音楽の録音、
音楽鑑賞教室からファミリーコンサートと
あらゆる分野での歴史気があります。
この企画の面白いところは、
クラシックをジャンルで捕らえないで、
クロスオーバーした構成で
クラシックも一緒に楽しんで頂こうという
趣旨に溢れる事ですね。
昭和30年代は日本の空前のタンゴブーム。
私が生まれて物心ついた40年代でも
その残像のようにあちこちから流れては
大人たちが身体を揺らしていたのを
良く覚えています。
タンゴの流れは大きく言えば、
アルゼンチンに生まれたタンゴと、
ヨーロッパに栄えたコンチネンタルに別れ、
その後知性的なピアソラ作品に代表される
モダンタンゴという別け方があります。
日本のはやりはコンチネンタルが中心です。
理路整然として情熱的なリズム、
哀愁を帯びて心に訴えかけるメロディー、
バンドネオンのリード楽器の響きと、
オーケストラに緩和される豪華な響き。
こんなコンチネンタルタンゴの響きが、
踊る方だけではなく、
聴く方の耳をも魅了したのでしょうね。
今回はこのコンチネンタルの懐かしさと、
モダンなピアソラの世界、
そして懐かしい名曲タンゴまで演奏し、
お客様の魂を情熱的なメロディーで艶出し
しようという演奏会なのです。
後半はドボルザークの交響曲第八番・・・。
普通に演奏します。
いたって真面目な選曲と演奏ですが、
このカップリングがこのオケの
最大の面白さであり特徴です。
明日からリハーサルが始まりますが、
平日ですがいらっしゃいませんか?
渋谷駅から徒歩数分のホールで、
仕事帰りにタンゴなんてどうでしょう?
ご連絡ください!!
詳しくは東京室内管弦楽団
公式HP:
ファンタジー・オブ・クラシック
11月28日(金)をお開きください。
http://www.tco.or.jp/
トーク商 ― 2014/11/27 23:28
ちょいと忙しい毎日
演奏会のリハーサルの間に
毎年呼んで頂いている公演。
大人ではない小学生が対象だって
真剣に真摯にやってこそのクラシック。
大真面目な会ですし、
子供達の反応を見ながら進行もするので
遣り甲斐があるものです。
今や公演の8割は
話もしている気がしますから、
「指揮とお話」というものは、
別ではなく一緒だと思っています。
流行のアイドル、人気のバンド、
ベテランアーチストのコンサート。
考えてみりゃ、みな曲間トーク合わせて
雰囲気と進行も考えています。
喋れない歌手は居ないのではないか?
ではクラシックもそう合っても良い。
指揮者が繋いで期待してもらい、
リクエストに応えるように演奏して、
新曲として人気薄の曲を紹介する。
とは言え、いちども引っ込まないと、
出たっ切りの失敗も許されないので、
それはそれで動転しないような準備も
・・・
いや大したことは出来ていませんな。
でも毎年ありがたい公演です。
演奏会のリハーサルの間に
毎年呼んで頂いている公演。
大人ではない小学生が対象だって
真剣に真摯にやってこそのクラシック。
大真面目な会ですし、
子供達の反応を見ながら進行もするので
遣り甲斐があるものです。
今や公演の8割は
話もしている気がしますから、
「指揮とお話」というものは、
別ではなく一緒だと思っています。
流行のアイドル、人気のバンド、
ベテランアーチストのコンサート。
考えてみりゃ、みな曲間トーク合わせて
雰囲気と進行も考えています。
喋れない歌手は居ないのではないか?
ではクラシックもそう合っても良い。
指揮者が繋いで期待してもらい、
リクエストに応えるように演奏して、
新曲として人気薄の曲を紹介する。
とは言え、いちども引っ込まないと、
出たっ切りの失敗も許されないので、
それはそれで動転しないような準備も
・・・
いや大したことは出来ていませんな。
でも毎年ありがたい公演です。
オケ ― 2014/11/28 23:13
タンゴ&ドヴォルザーク公演
終演いたしました。
いや無事に着陸しました・・・
の方がしっくり来るのかもしれません。
来場いただいた方々、
ありがとうございました。
いつも思うものですが
オケというものは生き物のように自由で
意思も持ち奔放でもあるものです。
指揮者は大事な五臓六腑であり、
脳や心臓なのかとおもいながらも、
ただのビタミンなのではないかとも思う。
音とは人が奏でて出すものであり、
演奏する音楽もまた人が記した記録を
再現しながら想像する無形の産物です。
人に始まり人を経由して、
そしてまた人の耳に達するという事が
音楽の面白さ怖さと未知と確信でもある。
どこを目指して何を信じるのか、
どこが合格で何が課題か。
オケとは難解であり、
しかしながらだからこその
遣り甲斐コミュニティなものです。
さあまた明日からがんばろう。
終演いたしました。
いや無事に着陸しました・・・
の方がしっくり来るのかもしれません。
来場いただいた方々、
ありがとうございました。
いつも思うものですが
オケというものは生き物のように自由で
意思も持ち奔放でもあるものです。
指揮者は大事な五臓六腑であり、
脳や心臓なのかとおもいながらも、
ただのビタミンなのではないかとも思う。
音とは人が奏でて出すものであり、
演奏する音楽もまた人が記した記録を
再現しながら想像する無形の産物です。
人に始まり人を経由して、
そしてまた人の耳に達するという事が
音楽の面白さ怖さと未知と確信でもある。
どこを目指して何を信じるのか、
どこが合格で何が課題か。
オケとは難解であり、
しかしながらだからこその
遣り甲斐コミュニティなものです。
さあまた明日からがんばろう。
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