村上春樹のクラシック音楽2020/07/25 09:44

つい数日前に村上春樹氏の新刊単行本の
『一人称単数』を読んだばかりだったので、
何度も内容を思い返していたのですが、
ちょっと思いついた事の備忘録です。

村上ファンには周知の通り、
彼自身が早稲田大学の在学中にジャズバーを開いたほどの
音楽ファンでもあるので、
作品に反映されていても何も驚かない訳である。
加えて書き留めれば、
彼のデビュー作のきっかけも極めて有名な通り、
生粋の野球ファンでもあり、音楽と野球に通じるところが
私にとっても読まずにはいられない理由でもある。

ジャズに加えて、登場するクラシック音楽の多さが
流行も生み出してしまう人気作家の面白さですが、
生業としている者にとっては応援もしたくなるのです。

例えば近年の話では、
『IQ84』で重要なキーミュージックにもなっていた
レオシャ・ヤナーチェク作曲の<シンフォニエッタ>が、
書籍の人気と共にCDの売り上げも急上したりしました。

こう言ってはなんですが・・・
<シンフォニエッタ>はクラシックファンでも日常的にも
聴くことはないし、演奏家でも頻繁には演奏しない。
でもこういうクセの効いた曲を選曲する辺りが、
彼の造詣の深さであり、文学に転化した時の料理です。
他にも『海辺のカフカ』にはL.v.ベートーヴェンの
ピアノトリオ第7番「大公」が主人公の人生を変えてしまう。

そう、人生を変える程の重要な音楽として
クラシック音楽が使用される比重の高さが素晴らしい。

さて『一人称単数』の備忘録に戻ります。

雑誌<文學界>への2年間の書き下ろしから纏めた8編の
短編集なのでこのタイトルもその一つです。
「品川猿の告白」という編があるのですが、
詳しいシノップシスは話さないほうが良いとして、
猿が日本語で噺をして主人公と会話するのです。
この猿が世話になった主人の影響でA.ブルックナーを好み
とりわけ7番の第3楽章にはいつも勇気づけられると曰う。
、、、面白いです!3/8のScherzoに合わせて猿がニヤリ
と微笑みながら体を揺する。
確かに軽快なリズムと爽快なハ長調の響きは、
教会のオルガン室に引き籠り殆ど出なかったブルックナーに
してはあまりにも精力溢れる鼻息の様でもあります。
サマーウールにしても暑苦しそうな少しサイズのデカい
ヘリンボーン織ズボンが落ちそうなのを押さえて体を揺すり、
書き上げた譜面を頭で復唱しながら、
どこからか侵入した裏山の猿とアントンが踊る滑稽さは、
私でも勇気づけられそう・・・。

他の編にも、
ジャズ、ビートルズに彩られる作品が並びますが、
もう一つ『謝肉祭(Carnival)』という作品がありまして、
この中にも特徴的なクラシックを取り上げます。

クラシック好きの主人公とF*という女性が仲良くなる過程に、
こんな会話があります。
1曲だけいわば無人島に持っていく曲を選ぶなら。
すると主人公は、
「シューマンの謝肉祭」と僕は最後に思い切って口にした。

、、、ううむ。
この曲を選ぶこと自体面白いですよね。
<謝肉祭>は初期の傑作として分かりやすい20曲から
成り立っていますが、小品集ゆえとても聴きやすいです。
小説の中で語られている様に、歴史的に有名著名な名手が
皆弾いている訳ではない、いわば庶民的名曲。

私の<謝肉祭の>楽しみは、バレエ作品としてでした。
バレエ・リュス(ロシアバレエ団)の代表曲としても
編曲されたこの曲を以前バレエ公演で振っていた時、
著名なカルサーヴィナが踊った話も教えていただきました。
まさにカーニヴァル!という仮装行列と仮面舞踏の様に
奇想天外な音楽集を大変楽しいオーケストレーションで
バレエ音楽編集していたのを思い出します。

村上春樹さんの本を読むとクラシックファンや、
生業としている人はもしかしたら反感を持つ方も
いるのではないかと思うのですが、
隣り合わせ背中合わせである音楽と文学が、
活字の中で対話をしながら頭の中で音楽を鳴らし、
立体的に劇作品の様に展開をしていく様子が、
私は大好きなのです。

あら、いつのまいか備忘録程度のはずが、
長ったるい噺になってしまいました・・・。

失礼。
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