日常の進歩 ― 2016/04/17 23:36
昨日16日には、熊本からのお客様と楽譜の件で詳細を打ち合わせる事になっていた。前々からの予定であった打ち合わせは、数年来の案件であった譜面の解読を含めた打ち合わせで楽しみだった。
だが未明の大揺れ。その後の発表で本震という事も分かり、15日前震の段階で痛手を負っていた熊本市内のインフラは、日が明ける頃にはさらなる打撃を受けて、様々な交通機関、流通も止まってしまった。
前震の段階では友人の予定より安否を心配していたが、夕方には「明日行きます」と意地のようなメールが来てホッとはしていた。しかし数時間後の未明の大揺れで、16日の夜がが明けると移動どころか、自宅倒壊の恐れで避難所の校庭で眠れぬ夜を明かしたとある。
昨日のキャンセルの打ち合わせの後は、遠方から同級生が東京での公演で上京するため、久しぶりに大学同期で会う事になっていた。仙台からの友は5年前の震災時には相当疲弊していて、その事が契機で同期が頻繁に連絡を取り合うようになり、昨年の今頃は同級生演奏家100人によるチャリティ演奏会も実施された。
そんな5年前の事を思い出させるような熊本の震災は、友人たちとの再開の乾杯の音さえ、鎮魂と次の災害への互いの共闘を誓うゴングのような響きに変わっていた。
本日は週末の音楽祭イベントの打ち合わせで、開場下見を兼ねて午前早くから集まっていた。眺望が良い駅前の施設からの北西の空は著しく病んでおり、変化著しい不気味な雲は既に小雨が降り始め、激しい低気圧の強風は音を立ててガラスに吹付けるという荒れ模様。
次週末はもうイベント当日。屋内演奏会に加えて、野外でのステージやライブ、屋台などの楽しみも、晴れ渡った空然りの2日間。私は、既に数日前から朝昼晩と天気予報を見ては一喜一憂。
下見の開場もまだ片付けなくてはならない詳細は残っており、ベテランのステッフの手を借りてようやく成り立つ状態。まだ残された時間はあり、ここから1週間が大勝負と分かっていても、外の天気を見ているとどうも前向きにはなれない・・・。
下見を終えてお礼して大急ぎで帰宅。野球の試合なのだ。
仕事はもちろん大事だが、年に2回の市のリーグ戦とトーナメント戦は我がチームにおいては、定期演奏会並みに力を注いで準備をしている大会。老齢のプレイヤーの私であっても、巳を鼓舞させながら、最善を用意するのがチームメイトへの感謝と野球の楽しみへの誠意。雨かも知れなくても、中止になるまではプレイボールの声がいつ響いても構わないようにモチベーションを上げておく。
集合時間間近に同士の店の近くを通り、中止を知る・・。
テンションガタ落ちである。でも仕方ない。
さて夕方からは教えている大学オケの子達との練習。1年生の入団も決まり、早くも2ヶ月後迫った演奏会に向けて、早速始動である。
前年までの少人数瀕死状態から起死回生の多人数パートへと変貌したのだが、1年生というのは未知数。心配はない、計算できない未来に楽しみであるのだ。自己紹介から一緒に音を出して練習。現役で入った者、数週間前まで制服を着た高校生だった者、様々な環境から集まった6人がそこで出会い、これから切磋琢磨して音楽を考え、人間同士のぶつかり合いをするサークルでもある。実に頼もしい彼らであった。
私たちは、日常的な天と地の恵みと様々な自然の恩で生かされている。だが同時に、争っても決して敵わない天災の脅威にも晒されているものだ。その中で日常を形成し、同じことを繰り返しているようでも必ずや時間は経過し、生も死もあり、成長も老いもある。同じように災害とて次第に過去に追いやられていかなければ、我々は前を向けないのである。未来が解らぬから怖いのではなく、常に未来に期待を持つことが、人間として地球に生きる義務でもあり、災害とて人智には及ばぬという精神であり続ける。
すべての方が平和でありたいと思う昨今の日常である、
だが未明の大揺れ。その後の発表で本震という事も分かり、15日前震の段階で痛手を負っていた熊本市内のインフラは、日が明ける頃にはさらなる打撃を受けて、様々な交通機関、流通も止まってしまった。
前震の段階では友人の予定より安否を心配していたが、夕方には「明日行きます」と意地のようなメールが来てホッとはしていた。しかし数時間後の未明の大揺れで、16日の夜がが明けると移動どころか、自宅倒壊の恐れで避難所の校庭で眠れぬ夜を明かしたとある。
昨日のキャンセルの打ち合わせの後は、遠方から同級生が東京での公演で上京するため、久しぶりに大学同期で会う事になっていた。仙台からの友は5年前の震災時には相当疲弊していて、その事が契機で同期が頻繁に連絡を取り合うようになり、昨年の今頃は同級生演奏家100人によるチャリティ演奏会も実施された。
そんな5年前の事を思い出させるような熊本の震災は、友人たちとの再開の乾杯の音さえ、鎮魂と次の災害への互いの共闘を誓うゴングのような響きに変わっていた。
本日は週末の音楽祭イベントの打ち合わせで、開場下見を兼ねて午前早くから集まっていた。眺望が良い駅前の施設からの北西の空は著しく病んでおり、変化著しい不気味な雲は既に小雨が降り始め、激しい低気圧の強風は音を立ててガラスに吹付けるという荒れ模様。
次週末はもうイベント当日。屋内演奏会に加えて、野外でのステージやライブ、屋台などの楽しみも、晴れ渡った空然りの2日間。私は、既に数日前から朝昼晩と天気予報を見ては一喜一憂。
下見の開場もまだ片付けなくてはならない詳細は残っており、ベテランのステッフの手を借りてようやく成り立つ状態。まだ残された時間はあり、ここから1週間が大勝負と分かっていても、外の天気を見ているとどうも前向きにはなれない・・・。
下見を終えてお礼して大急ぎで帰宅。野球の試合なのだ。
仕事はもちろん大事だが、年に2回の市のリーグ戦とトーナメント戦は我がチームにおいては、定期演奏会並みに力を注いで準備をしている大会。老齢のプレイヤーの私であっても、巳を鼓舞させながら、最善を用意するのがチームメイトへの感謝と野球の楽しみへの誠意。雨かも知れなくても、中止になるまではプレイボールの声がいつ響いても構わないようにモチベーションを上げておく。
集合時間間近に同士の店の近くを通り、中止を知る・・。
テンションガタ落ちである。でも仕方ない。
さて夕方からは教えている大学オケの子達との練習。1年生の入団も決まり、早くも2ヶ月後迫った演奏会に向けて、早速始動である。
前年までの少人数瀕死状態から起死回生の多人数パートへと変貌したのだが、1年生というのは未知数。心配はない、計算できない未来に楽しみであるのだ。自己紹介から一緒に音を出して練習。現役で入った者、数週間前まで制服を着た高校生だった者、様々な環境から集まった6人がそこで出会い、これから切磋琢磨して音楽を考え、人間同士のぶつかり合いをするサークルでもある。実に頼もしい彼らであった。
私たちは、日常的な天と地の恵みと様々な自然の恩で生かされている。だが同時に、争っても決して敵わない天災の脅威にも晒されているものだ。その中で日常を形成し、同じことを繰り返しているようでも必ずや時間は経過し、生も死もあり、成長も老いもある。同じように災害とて次第に過去に追いやられていかなければ、我々は前を向けないのである。未来が解らぬから怖いのではなく、常に未来に期待を持つことが、人間として地球に生きる義務でもあり、災害とて人智には及ばぬという精神であり続ける。
すべての方が平和でありたいと思う昨今の日常である、
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://hanatsubaki.asablo.jp/blog/2016/04/17/8074005/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。