35回定期2016/03/25 23:35

 私にも高校生時代というのがありました。よく覚えていることがたくさんありまして、しかし縁遠くなった同級生を思うと時間の流れも感じるわけです。そんな高校の現役高校生の吹奏楽部の定期演奏会があると教わり、少し寄れそうだったので行ってまいりました。
 一回りほど年の離れた後輩から、近年は部員減少で活動も大変でこの先どうなるかわからないと時折部活の近況も聞いていました。自分の事ではないので恐縮ですが、相当上の先輩方は全国大会で2位(銀ではない)の栄冠を勝ち取ったりした典型的な「元」強豪校でして、吹奏楽という活動が学校文化活動の花形だった時代を創った学校でもあるのですね。
 
 最近の吹奏楽しか知らない方は驚くかもしれませんが、20年ほど前までは、共学校の部活男女比は5:5だったではないでしょうか?いや少し少なくなっても、男子は3分の1は居たかな。もっと前は男子が多い時代も確かにあった・・・。サッカーを敵に回すわけではないですが、華やかなスポーツが取り上げられた、次第に学校でも運動部が盛んになって、運動系文化部といわれた吹奏楽も男子より女子の割合が増えていったわけです。
 単純な話ですが、小さな楽器は女子中心大きな楽器は身体の立派な男子中心だったのが、次第に金管の女性率が上がりトロンボーン、チューバを女子生徒が吹いても驚く事はなくなりました。女性中心の吹奏楽社会という中に男子生徒が入る事で、確立したコロニーだったわけです。

 しかし現代のアナログコミュニティ危機はもっと深刻。

 オーケストラや吹奏楽は、現代の便利なコミュニティーとは違う人間関係を日常にしないと成り立たない世界です。SNSでつながり、話よりも文字や絵による感情表現を駆使し、言いにくい事難しい話になれば、直接口を開くより電子機器媒体のツールを使用した方が冷静に話が成り立ってしまう現代。そんな毎日から見たら、電気を一切使わない人間の身体で楽器を鳴らして音を出し、人と人の間には何の機械もない人間関係は摩訶不思議というより奇跡かもしれません。
 運動でもそうですが、口を開かないとコミュニケーションは取れず、指示やディスカッションも直接やりとりする世界。音楽では口を開く事が少なくても、複数人で合奏をするという関係は、喋らなくても心を開いた五感のコミュニケーションですので、うまく事が運んでいても、演奏が終わると相当に疲労するものです。この疲労こそ心地よくもあり、しかし非現代的な面倒だと感じられる部分でしょう。

 現代の子供たちが、音楽が好きになり、演奏をしたくて楽器を習ったり、吹奏楽に興味を持ってくれるのは素晴らしいと思います。これは同時に、現代からは遠く離れた不自由で面倒で疲れるコミュニティに参加する事でもあります。それでも続ける彼らに面倒な人間関係をなぜやめないかと問えば、「音楽を続けたい」という一言が返ってくるものです。音楽の魅力が本来の人間関係を取り戻す手段にもなっていると言えますね。

 心配をしながら行った定期演奏会。

 プログラムをもらってみたら「第35回都立〜」と書いてあり、違う学校に来たと思ったほどでしたが、年月がそれほど経っていると思ったものです。高校3年の時に当時の顧問と後輩と話をしながら、定期演奏会を立ち上げたのですから、毎回の回数は過去の思い出と連動し、増える数字は現役にエールを送り続ける進化でもあります。
 11人の現役に一所懸命引っ張ってくださる顧問の先生と、若いOBOGの皆さんも賛助で入ってくださり、立派な演奏でした。2時間の演奏会を、演出も含めてやり遂げた準備を思うと、素晴らしい努力の成果が出ていて感動的でもありました。

 四半世紀も経てば世の中も変わります。昔と同じことを望んだり、前が素晴らしかったなどと宣う輩ほど私も野暮ではないつもりです。だからこそ今の時代にあったやり方で音楽を楽しんで欲しいと心から思った次第です。
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