同胞の命日2020/06/15 22:18

誕生日は喜ばしい事ですが、
命日ほど忘れたくないものはなく、
最近のデジタルカレンダーに記せば、
毎年の命日には知らせていただける。

覚えている事もあればビックリして
カレンダーの告知で思い出す事もあるのですが
ここに書かなくても良いものもあれば
どうしても記憶を辿らなくては気が済まないものも
あるのです・・・

何年も一緒に演奏をしながら、
私が指揮をする傍で良い音で助けてくれた彼は
元は生徒のようなものでしたが、
音大に進み、その後立派に演奏家になった。

フリーの演奏家は、様々な人間関係と、
組織や団体との付き合いの中で仕事をするので、
演奏だけではない性格の良さ、人の良さは、
持って生まれた品格のように備わっていた彼。
私も事あることに頼んでいたし、
あまり自分を語らない彼は、
その度にニコニコしてしっかり淡々と仕事をこなすのです。

あるときに仕事を頼みたくて、メールをすると、
具合があまり良くないので、
仕事を休んで養生に努めているという返信でした。
激励しながら心配もしていたのだが、
3年前の今日亡くなった。

こんな記憶を思い起こしながら
PCにキーパンチするのも悪くないと思っています。
歯に噛んだ笑顔しか記憶にない。
さて残された私たち、もう一つ頑張ろう。

電話会議2020/06/12 17:32

強制的な自粛生活から少し緩和されながら、
用心深く生活を探っている感じですね。

どの業界もそうでしょうが、
音楽実演家も予の中を先行することはないので、
どうにかくっついて行きながら
再開の目処をつけようとしています。
来週からまた基準も変わりますので、
精神的な趣が変化するでしょうし、
ストレスフルな生活も楽になる事があれば
最適だと思うのです。

さてこの生活の中で、
密を避ける事が求められたために、
自宅での待機や、仕事の在宅などで、
人との関わりも距離が変わっていました。

インターネット回線を利用したコミュニティは
リモート○○と言いながら、
今年の流行語大賞になりそうですが、
ネットというのは、音映像の遅延が大きく、
使用環境に依存するという点で、
信頼度が決して大きいわけではないですが、
元々は電話回線を使用しての会議は普通でした。

ネットが安価であるという点が優先度を
高めた原因であると思いますが、
やはり電話回線というのは時に使いやすく、
安心度が非常に高いです。
写真のPOLYCOM(ポリコム)というのは
同時に他人すうで電話を繋げる会議システムですが、
これは非常に優れていて、
この機械のマイクとスピーカーの状態は、
とても優れているのです。

電話回線という信頼度は大事な会議の時に、
とても重要ですが、
普段がネット回線に依存しすぎていたせいで、
眼から鱗のように思えました。

電話代はかかるのですが、
時に大事な話の時はメール、メッセージではなくて、
電話での会話を必要とするように、
会議でもネット環境ではなくて、
電話回線を使用するという事でストレスがないです。
こういうことで負の時代にさらにストレスを
溜め込む原因になっていたものかと考え、
長い間に蓄積した従来の価値観の再認識をしました。

新しいものとは完成されたことではなく、
実験的な産物でもあるのですね。

米寿2020/06/08 10:25

実家の父が米寿になりました。
大したモノだと、ただただ感慨深いです。

同時代を生きられるということが、
親子であっても奇跡的だと思いますし、
縁深き関係であっても、同じ方角を見て
時代の匂いを嗅ぐというのは
なかなか長くできないモノだと思うのです。

流石に米寿と思われる事もありながら、
どこがそんな歳と思う部分も多々あり、
生身の人間の身体の神秘でもあり、
神の御加護に感謝する宗教心をも芽生える日です。

私は、とてもではないが、
あと30年も元気で居られる自信がない・・・。
電話でそう言ったら、
「俺もそう思ってたけど気がついたらここまで来た」
と言っていた。
「自分がそんな歳であることが不思議」
とも言うのである。
幾つになっても子供の頃の憧憬のままであり、
いくらでも先を見られる男のロマンティシズムとも思い、
生きるための人間の性なり、
と大きく頭を振って納得します。

自分を振り返っても、
生まれたのが第二次世界大戦が終わって
20年しか経っていない時代かと思うと、
父が生まれたのが第一次大戦終戦後から
12年しか経っていない1932年である。
そこからさらに大きな大戦、天変地異、
はたまた昨今のウィルスの逆境・・・。
長く生きればそれなりの時代の証人となりますが、
そこを超えていく、戦い抜く事も強さを増すのでしょうか。
今の時代にはそんな余計な事ばかり考えます。

版画を刷り、絵を描き、写真を撮り、
仕事から好奇心まで変わらぬ心待ちで居て欲しいと
心から願う次第です。

おめでとうございます。

あ、写真は・・・いつだろう?
アトリエで並んでパイプを燻らす親子、
そんな日に記念に撮っておいた写真です。
悪くない・・・。

紫陽花2020/06/04 23:44

庭に咲く紫陽花
二種あり、この写真は非常に濃い紫の品種です

家を建てた後に実家両親から送られた二鉢を
地植えして早13年ですが、
実は今年は百花繚乱の予想です。
毎年季節が終わると手入れをして伸びるのが早い
紫陽花の来年に備えますが、
こんなに成長著しいならもっと切っておけば良かったと思う。

紫陽花のすぐ近くに同じ頃に植樹したもみの木は、
あまりにも大きくなり過ぎて昨年根本から切りました。
すると突然この紫陽花が成長し始めたという事ですが、
ある程度広さがある庭でも、
もみの幹が太くなるほどに養分は必要となるわけで、
その恩恵を紫陽花が受けたのだと思います。

特徴的な変わった品種なので、
地植えでは育たないかと思った紫陽花ですが
そういう事かと合点しました。
まだまだ咲きますので、細やかな梅雨の楽しみですね。

転職2020/06/01 23:03

この月末で私の知り合いの方々、
お世話になった方々が3人転職されました。

3月ではなく5月下旬。
今回のコロナのことが原因だけではなさそうですが、
勇気の必要なことでもありますね。

個人のプライバシーもありますので、
詳細は書かなくても良いのですが、
転職で同じく音楽関係の職に就く方、
また実家に帰り別の仕事をされる方もおられます。

今回の新型コロナウィルスの件では、
私ども、また周りの音楽実演家関係者含め、
全く仕事ができない日が続き、
個人で活動している実演家の個人事業主は、
日々の生活にも影響が出ている方ばかりです。
しかし全世界同じ状況で相手がウィルスですので、
誰も恨めないし自分も責められない・・・。
演奏の場所と機会があって、成り立つ実演ですし、
聴いてくださるかたがいて生業となるので、
こればかりは立ち行かない現状を受け入れるしかないですね。

政府からのお見舞金のような給付金があり、
そのほか申請すれば幾ばくか、何かしらの助成を
受けられるものもありそうですが、
築き上げた生活基盤と、日々積み上げている芸術への欲求を
全て削がれてしまった現在から立て直すことは、
また相応の時間と心の強さも必要ですね。

卒業や進学、就職の時期と重なった今回、
個人事業で文化芸術に寄与している方々は、
これからの自分の身の振り方を考えている方も
相当多いのでは無いかと思っています。

私の知り合いの3名の方は、タイミングこそ今ですが、
直接的な理由ではないとも思います。
新天地がこれからの人生にプラスになる事を祈りますし、
今までの同じ様に充実した毎日を過ごされる事を確信しています。

6月になり、再会含めて様々なことが動き出しました。

誰も体験のしたことがない今回のことでは、
リセットボタンもなく、ソロリソロリと再始動を
匍匐前進までいかなくとも、頭を下げて腰を落として
用心深く進むしかないでしょう。
先の様な緊急事態宣言ということが二度と行われることなく、
ゆっくりで良いので日常を取り戻したいと思うのが、
今の願いですね。

先日、街で見つけた手拭い3種。
カキ氷、金魚、打ち上げ花火・・・
もう間も無く夏です。

アイカサ②2020/05/30 22:55

何となく空の重ったるい日が多くなってきました。
梅雨が来なけりゃ夏もないのですし、
湿気が疫病に少しでも良いのなら、
全てを洗い流して欲しいとも思いますね。

昨日の週末から人がモゾモゾと街に溢れ出しました。
知り合いの飲食の方々とも話しますが、
経営者は慎重ですね。
何せ集団罹患など出せば店の看板が泣きますし、
またあの休業が来るかと思うと気も滅入ります。
ここは一人一人のモラルの勝負と思いますし、
日本はクリアできる能力がある文化国家と信じたいところです。

さて、私の一推しの貸傘システムの〈アイカサ〉ですが
貸し出しのシステムが変わるようです。
以前は、まず取り敢えず傘を手に取ってQRコードを読み取り
手元に送信されたコード番号で鍵を開けるという
通信部分はSNS利用の最新でしたが、
傘を取った次の番号を合わせて使用開始する所も
なんだかダルい手間が多かったのですね。

新しいシステムは、傘を取る為には
スマホをかざしたりQRコード読み取って
先に認証から課金のシステムを行なってしまい、
ロックが外れて傘が受け取れるという
つまりセキュリティ強化形になりました、、。

うむ、勝手に傘を持っていってしまう方が多いのか、、
でも三桁の番号を手に入れないと
傘は使用できないので、返さない人が多い可能性もある。

子供も頃のことですが、

学校の前の横断歩道の手前と渡った向こうの柱に
同じ黄色い箱がくくりつけてあって、
子供たちはその箱に挿してある三角形の旗を掲げて
横断歩道を安全に渡るという交通安全教育がありました。
しかし渡る時に掲げたくても
その箱に旗が入っていることはなく、
ただキョロキョロしながら渡った記憶です。

面白がって持ち帰る子が多かったと想像しますし
それも想定どおりの安全教育かとも思います。

まぁ悪い人ばかりではないと思いますが、
シェアは善意ですので、アイカサは長続きして欲しいし、
梅雨時の不意の雨には皆これを使って欲しい!

ズブロッカ2020/05/27 15:52

なんだか物騒なタイトルで申し訳ないですが、酒の話です。
「ズブロッカ」と言いますが、ポーランドで売られ、
ロシアでも同名のウォッカがあります。

Vodka(ウォッカ)が好きで色々呑みますが、
このズブロッカ、我が家の冷凍庫の中に常に横たわっています。
ズブロッカと言うのは、何かというと・・・。
ポーランドの東の果てベラルーシとの国境にある、
ユネスコ指定の世界遺産でもあるヴィウォヴィエジャの森(!)
というヨーロッパ太古の自然が残る森があり、
この森に生えている草の名前が「ズブロッカ」なのですが、
英語ですと<バイソン・グラス>つまり水牛の草という意味です。

ネタで申せば、ラベルに水牛の絵が書いてあり、
非常に印象的なのですが、要するに、
水牛が大好きなズブロッカ(バイソングラス)を漬け込んだ
ウォッカ、という酒です。

ほのかに甘酸っぱく青臭い香りがズブロッカの美味しさですが、
全て飲み干した後に次のボトルに中の草を移すのです。
この作業を繰り返して、何本も溜まっていくのですが、
私も20年で草が7、8本になっています・・・出がらしです。
朝鮮人参酒などでも同じようなことしますね。
ま、しかし40度(80proof)ありますので、
そうすぐには無くなりません。

ウォッカというと、直ぐにロシアを連想する方が多いのですが、
実はポーランドはズブロッカが非常に有名であり、
ウォッカ全般においても有名産地です。
前述のヴィウォヴィエジャの森というものを調べていくと、
本当の太古のヨーロッパ原生林の姿が見られて美しいと
幾つもの記述があります。覚えられない名前ですが・・・。

酒呑みですので、自粛ステイホーム期間は
飲んだくれているのだろうと思われているのですが、
意外にそんなことはなく、普段の外飲み癖が出て、
家ではあまり深酒も無いという健康です。
外ではあまり飲まないズブロッカの活躍も多く、
そろそろニューボトルであります。

誕生日御礼2020/05/24 23:33

お祝いのメッセージを下さった皆様

心から御礼を申し上げます。

本日24日に誕生日を迎えて57歳になりました。ー


もう30 代のことも、もしや40

の頃の心境も

忘れかけて居る気がします。

10年前の2010年と考えてもソラでは何も出てこず、

人生に記憶などそんなものかと思う次第です。

お世話になった方が7年前60歳になった時、

私は50になったばかりだった訳ですが、

その方が染み染みと早いもんだよ50代の10年なんて、、、

と半ばボヤくが如く呟いておられましたが、

実感しかしない今日でもあります。


また1年頑張って生きて参ります。


さて色々な本を読み、

先人たちに影響をされながらここまで来ました。

音楽、芸能、娯楽、

様々な形で興味を形にした方と言いますかか。


例えば、、宝塚歌劇団創始の小林一三氏

1873-1957

生き方も思い入れも拘りもそして実行力も、

知れば知るほど影響を受ける方です。


益田太郎冠者 こと益田太郎氏(1875-1953

帝国劇場創立に寄与し日本にオペラを根付かせる為

凌いで凌いで、大正期の浅草オペラでは

戯作者でありプロデューサーでもあり、、、


徳川頼貞公(1892-1954 

紀州徳川の末裔であり、

大正から昭和にかけて音楽の殿様と呼ばれた

1913-2年間をヨーロッパ英国に住み、

あらゆる資料と人間関係を構築し日本に持ってきた、、、


そして、秦豊吉氏(1892-1956

この方の人生はなんと言っていいのか、

豪快で破天荒インテリジェンスと俗物も魂が同居、

ベルリンでの長い生活もその後の日本での活躍も。

会社員として働きながらも

ドイツ語翻訳などに精を出し

学者としても記録に残しながら、

額縁ショウーを創始した人物として、

とことんエンタメの世界をも追いかける、、。


秦豊吉というより丸木砂土と言うペンネームは

アングラ今で言うサブカルの世界では有名人ですが

俗に堕としながらも退廃的な見せ方の根元にある

人間の魂の欲求に率直です。


こんな方になりたいと改めて思う今日この頃です。

彼を描いた本を紹介しておきます。


今年も話の長い奴になりそうです、、。

この時期は紫陽花の風呂敷を持ったりして、

誂えた阿波しじらでチョイと用事に出ました。


皆さんの健康、地球に平和を強く祈ります。


カニカンとナスカン2020/05/23 22:30

まぁ人間ってやつぁ時間があるってぇと、
酷く周りのことが気になり出して、
普段なら目ぇ瞑って見ないで放って置いてあることでも
急拵えなマメ蔵に早変わりして周りの小さな事が
目障りで仕様がなくなる、、、これ貧乏性ですな

着物ってものは、特に昔の誂えの物持ちが良く
寸法の立て直しは当たり前だった訳ですね。
絹に限らず、平織の綿だって麻だって保管次第では
持ち方は洋装の比ではないですよね。

特に需要が段違いに多かった戦前、
もっと言えば大正期までは素敵な染物、紡ぎ物、
日本中に豊富にあったはずです。
今ほど殿方の着物は賑やかでは無いかもしれませんが、
やはり絶対数が違うので旧い着物が好きな方の
気持ちはよくわかります。

着物の話はキリがなくやめます。
その周りのモノに気になってしまう話ですが、

・・・羽織の紐が切れました。

普通切れないでしょうが、年代物の古い頂き物なので、
真田紐の端っこの「つぼ」が切れてしまい、
S字鐶(かん)が取れてしまいました。
捨てても良いほど散々使い古した紐なんですが、
なんでしょうね、性分が出ちゃうんですよね。
捨てられないのです。

最近は、写真にあるようなS字鐶なんて使わなくて、
大抵、カニカンかナスカン(缶詰ではない・・・)を
使います。
蟹の手のような形、茄子のような形からこういうらしいですが、
フックがバネになっていて取り付けも外しも簡単ですね。

ただ端っこの「つぼ」が切れてしまっていたので、
この輪っかのツボを作るのはもう諦めまして、
真田紐の端っこから綿糸を縫いつけながら縫製し、
なんとなく結び合わせたのです。
このカニカンをつけた紐を乳「ち」という羽織のキッカケに
引っ掛けて繋ぐのですね。

羽織紐を付け替えるのはそれはそれで楽しいので、
昔のように直付けではなく、カニカンはありがたいのですが、
出先でスッと羽織を脱ぐときは、無粋は無しでして、
羽織紐の両端「乳」の辺りをスッと引っ張ると、
スススと、ちゃんと紐が解けるのです。
この紐の結び方を「喧嘩結び」というのですが、
喧嘩っ早い江戸っ子が腕まくりして
「おう、テメェこのやろう!畜生!」なんて啖呵切るときに
威勢よく羽織を脱ぎ捨てたんでしょうね。
上品な商人の旦那衆がやることじゃありゃしませんね。

然し着物は楽しいな・・。

最近、ステイホームですと、
出掛ける用事が目っきり少なくて、
草履を引っ掛ける機会がなくて困るわけです・・・。

美味しい時間2020/05/22 21:17

家に居る時間が少しずつ外出を必要として
外に出る事も多くなった事は
自粛しながらも良い機会ではあります。

ちょっとした仕事の打ち合わせを
安全且つ信頼できる相手としたい時に、
19時を超えてしまうとカフェも開いていない。
それで仕方のない特殊な事情も今ですが
様々な手を先に打たなければいけない時も
厳粛に厳守する事の辛さが最近です。
緩んでなんかいませんが、
一手を打つには行動が必要ですよね。
難しいものです。

美味しい蜜柑をいただきました。

これは甘夏?ハッサク?
甘さと酸味がちょうど良く
考え過ぎて甘く高級に作り込んだ果物が多い中
蘊蓄も過剰な礼儀も要らない
「気の置けない味」これが嬉しいです。

料理、時々します。
先日も執拗に拘ったミートソースを作りましたが
反省点も多く、今回は改良したソース。
責めながら考え過ぎず、
合理的に何度でもできる手順に味を目指して
ホウ、良い感じでした

そろそろ何処でもコロナ後の話になってきました。
行政、民間、様々考え方がありますね。
個人も団体も自分の団体のガイドラインが必要です。
安全に少し動く、冒険ではない毎日ですが、
護られていても何もできないと言う難しさです。

さぁ頑張りましょう。
カウンター