猛暑と妄想2020/08/13 08:53

ハンス・アイスラーを聴き続けたり、
旧東ドイツとソビエト連邦の書籍や記録を
読み漁っていますと、少し涼しくなるかと思ったら、
背筋の幅15mmほどはとてつも無く涼しい、、
と言うより凍って局地的凍傷ほどになってくるのですが、
それにしても暑い毎日です。

密を避けるための策として、
夜半22:00までの営業を強いられている飲食店は、
ついこの間までは店先を広く取り、
縁日で寛ぐ遠大の客の様な雰囲気を作り出し、
椅子机を外に出しながら営業力で凌ぎ出していましたが、
夕方になっても温度が30度を超える今では、
縁側で干上がった金魚の様になってしまいます・・・。
こう言う時に酒を飲む。ビールを煽る。
体の火照りを喉越しにストレスが波乗りする様に、
泡立った爽快さを求めて何リットルも流し込む。

卒倒します・・・。
都内での熱中症の緊急搬送数が鰻上りであり、
(ウナギ食べたい)これ以上
ソーシャルネットワーカーの方々の手を煩わせてはいけない。

さておき
一人の稀有で(と言っては大変失礼ながら)時代と政治に
翻弄された人生を追い音楽と掛け合わせて調べていくと、
政治と思想、つまりヒットラーの時代に入っていきます。

他の件もあり、映画の歴史を再認識していますが、
無声時代の最盛期1920台からトーキーになった1930年、
そして彼らが政権掌握した1933年冬、
そこからのプロパガンダに繋がる歴史に触れます。

戦後75年と言う数字は、0の区切り好きな日本では、
あまり特別ではなくなりますが、
25を一単位としてる欧米では重要な節目です。
8月の世界の負の遺産とも省みる事象は、
戦争の悲惨さを目の当たりにする、
伝えていくのには大切な忘れ難き歴史ですが、
この時代と残されていった文化を芸術の面から
紐解いていくのは我々の責任とも感じます。

多分いまだに正面を向く勇気がないのでしょうが、
24歳でベルリンに渡った思ったことがあります。
「戦争が終わってからより、生まれてからやっと経った」
つまり生まれたのは戦後20年も経っておらず、
そこから考えるとようやく自分は20年以上経ったのかと。
あっという間の時間な気もして振り返ると、
戦争は生まれるほんの少し前まであったものだ。

1963年に生まれた子供の頃、3歳〜4歳の記憶でも
自分の周囲がまだ戦後であるなんて事は思いもしなかった。
縁日の入り口で傷痍軍人が数人で並び座り、
アコーデオンとハーモニカで軍歌を吹きながら、
茶色の革の義肢義足を不思議な思いで見つめても、
そこから遡る歴史を見ようとはできなかったし、
白い軍服と茶の対比が視覚に焼き付いたまでである。

期せずしてもらった自由研究の夏休みですが、
この時期に自分らしく戦争を振り返るのは良いものです。
「ナチスと映画」と言う飯田道子さんの新書ですが、
非常にわかりやすい。
彼らの思想や政治をまともに勉強しようとすると嫌悪感と
さらに遡らなくてはならない歴史背景がありますので、
上っ面しか知らない音楽家もたくさんいるでしょうが、
映画という側面、、彼にとっては側近の文化は、
この時代にしかない発展途上と時代の大発明ですので、
芸術の関連を見ながら必携本として横に置くのも良いし、
実際にYouTubeなどで漁りながら見ても良しである。

「旧共産主義と自由主義という独裁政治を比較しながら、
近現代の大衆と芸術の前時代を見つける旅」
きっとこの旅のための副課の夏季集中研究、続きます。

参考:
飯田道子著ナチスと映画(2008年)中公新書
神奈川県近代美術館ほかの編集 芸術の危機
〜ヒトラーと退廃美術〜(1995年)
発行(株)アイメックス・ファインアート
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